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馳走の極意、市場巡り。 【Column- 潮気、のようなもの。】

 ボートやヨットでのクルージングの楽しみのひとつに、立ち寄った港での「出会い」、ときに「出逢い」があると思います。それは、強面だけれど気のいい漁師さんであったり、また趣味を同じくする海の仲間であったり。もちろん人だけではありません。景色もそうですね。感動的な美しい朝日や夕陽であったり。そして、なにより、忘れてはならないのが、「美味いもの」との出逢いです。

青森市の市場にて。釧路・和商市場にはじまった、まずご飯を買ってそれから好きなものを買って
その場で載せて食べるスタイルは全国の市場に広がっている

 筆者の経験上、美味いものは人を心から幸せな気持ちにしてくれる作用があるようです。酒が無くても、美味いものが食卓に並べば、人はまるで洒に酔ったかのように饒舌になるから不思議です。笑い声も絶えません。たとえクルージング中でなくとも、また、あいにくの荒天であったとしても、ご馳走がきっと、幸せな気持ちで満たしてくれます。

 生来、自分だけ幸せになれば良いと思っている下等な筆者ではありますが、美味いものに関しては少しばかり心が広くなります。ゲストとともに幸せな気分になりたい一心で、いつしか、美味い魚介を料理して食卓に並べようとすることが、趣昧になってしまいました。
 といっても料理のプロではありませんから、オリジナリティにも限界があります。でも、それでもいいのです。人が美味いといったものを、その通りのレシピで作ればまず間違いはないし、そのうちに、それが自分の料理になっていくのです。

鮫やメカジキが水揚げされる宮城・気仙沼の市場。売り場ではなく荷さばき施設。
一般見学用の巡回路がある

 ところで、美味しいもののことを「ご馳走」っていますよね。この言葉の由来をご存じですか? 文字通り、「馳走」とは、走ることです。これは料理人が、走り回って食材を集め、お客様におもてなしをすることから生まれた言葉なのだそうです。つまり「ご馳走」を作るとは、駆けずり回って食材を集めてくることから始まる、というわけです。何やら一苦労というイメージがありますが。幸せはこのときからやってきます。

 そんなわけで、筆者は市場が好きになりました。私的なクルージングだけでなく、国内外問わず、出張先に仕事の合間を縫ってよく市場に行きます。海外の市場で魚を買うことなどほとんどないのですが、それでもよく行きます。その国の人たちがどんな魚を食べているのか、ほんの少しだけれども伺い知ることができて、それもまた楽しいのです。

セーシェルの砂浜。魚が釣れるとその場ですぐに市場が開く。
日本のような立派な漁港や水揚げ施設のあるところは希なのだ

 市場に並ぶ果物や魚は、もちろん、国や地域によって異なります。たとえば勝手丼で有名な北海道・釧路の和商市場と、カラフルな魚が並ぶ沖縄・那覇の牧志公設市場に並ぶ魚介を見比べてみてください。これが同じ国の市場の商品かと驚かされます。

ある年の、那覇のある市場。ちょっと古い写真です。値札の数字は今、どうなってるんでしょう

 ですが、共通点もあります。

 まずは、おばちゃん、おじちゃん、おにいちゃんおねえちゃんたちの元気の良さ。そして彼らの魚(やその他の食材)に対する情熱を伴う愛です。さらに市場を流れる空気。これば食材から発せられるオーラとでもいいましょうか。調理される前から旨味成分が市場中を漂っているのです(という気がします)。会話も楽しいです。蘊蓄を延々と聞かされるのも苦になりません。ときにいろいろと勉強になります。

フィリピンのマクタン島の市場。食材だけでなく笑顔もこちらを幸せにしてくれます

 「市場めぐりから始まる幸せ探し」。とりあえず、時化で海に出られないようなことがあったら、気持ちを切り替えてホームポートに近い市場にでも出かけられてはかがでしょう。オススメです。

※タイトルの写真は南仏・キャバレール=シュール=メールの船だまりで一隻の漁船が帰港するとすぐに開かれたミニ市場。売り手はひとり。客は十名ほど。その場でさばいてくれる。見ているだけでも楽しい。

文と写真:田尻鉄男(たじり てつお)
編集・文筆・写真業を営むフリーランス。学生時代に外洋ヨットに出会い、海と付き合うことになった。これまで日本の全都道府県、世界50カ国・地域の水辺を取材。マリンレジャーや漁業など、海とボートに関わる取材、撮影、執筆を行ってきた。


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