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鳥の人による、楽しい無人島冒険、絶妙な研究。 【キャビンの棚】

 ずいぶん前ですが、友人が大柄な蝶々のプリントのアロハシャツを着て西表島の港に上陸したときのこと。フェリーで同乗だったらしい、いかにも昆虫採集に来たといういで立ちの男から、こう声をかけられたそうです。

 「オタクも蝶の人ですか?」

 蝶の人とは、珍しい蝶の採集が趣味の人ということでしょうね。鉄やらミリやら二次元やら、世にオタクとコレクターの種は尽きまじですが、蝶というのはトラディショナルなほうかも。

 さて今回、キャビンの棚に並べる本の著者は、鳥類学者です。学者とオタクは別物ですが、たぶん、やっていることは同じかも。さかなクンだって国立大学の客員教授になったぐらいですから。

 ただ、評者はまだ鳥類学者という人種に出会ったことがありません。あ、そういや、大映映画の平成ガメラシリーズの第一作『ガメラ 大怪獣空中決戦』で、中山忍サンが鳥類学者に扮して、怪鳥ギャオスの襲来被害を調査していたのを「観た」ことがあります。一部の鳥は、捕食して消化できなかったものを吐き出すんですが、それを鳥類学用語でペリットと言うそうです。中山は「これはペリットよ」という中から、先に調査に来ていた恩師の教授の所持品を見つけてしまう悲劇の場面でした。

 おっと、脱線が過ぎました。本作は表紙絵で分かるとおり、悲劇ではありません。舞台は南硫黄島みなみいおうとう。ほぼほぼ人跡未踏の、生物学者たちにとっては楽園の島なんだそうです。東京都などが組織した2007年と2017年の調査隊に参加した著者による〈冒険小説であるとともに、進化や生態についての研究成果報告書でもある〉んです。

 無人島 ——。ロマンあふれる響きですね。出帆して幾星霜、たどり着いた未知の島。座礁しないように若い者を潜らせて停泊する入り江を探す…。大航海時代ではありませんね。

 この島を評者が紹介すると、東京から南に約1,300kmに位置する火山(硫黄)列島の最南端。周囲が7.5kmで面積は3.5平方km、つまり差し渡し(直径)で2kmちょっとしかないのに、最高標高は916mもある断崖絶壁の島。有史以前も以後も人が住んだことがなく、手つかずの自然が残されています。その保護のため法令により無断上陸が禁止なんです——といった記述になるんですが、それを著者はこう表現します。

 海上にそびえる超巨大なアポロチョコレートのシルエット…いや、アポロというよりは、どちらかというと「きのこの山」のカサ部分に似ているかもしれない。

 この著者は修辞がとても愉快なんです。昭和軽薄体を思わせる文体で、前著にも『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』とか、『鳥肉以上,鳥学未満』とか、『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る 』とか、『鳥類学は、あなたのお役に立てますか?』などがあって、石部金吉な学者さんではなさそう。ですから、ここから先は大いに「引用」に語ってもらいましょう。

 南の島の海岸は、白い砂浜であるべきだ。…ついでにカクテルとリクライニングシートがセットになっていれば、もう言うことはない。
 だが、南硫黄島にはそのすべてが欠けている。

 島には砂浜なぞなく、ベースキャンプの地べたはボウリング大の石がごろごろ。しかも、植生がない南向きのため、

 日の出とともに灼熱の太陽に襲われ、日没までの12時間以上をかけて強火の遠火でじっくりとグリルされる。

 ロッククライミングに匹敵するような山頂調査の大仕事を終えて一段落した著者は、余分に持ってきたものの、残しても持ち帰らなければならない食料の整理のために、気分転換も兼ねてベースキャンプ内に〈カフェ・パラディッソ南硫黄本店〉を開店します。食料が入っていた発砲スチロールの箱に女性の絵を描いて「あけみちゃん」と名付け、看板にしただけですが。でも、毎度毎度で飽きたアルファ米をにぎって、さらにインスタント味噌汁の味噌を塗って焼きおにぎりにしたり、あるいは、残った乾燥ワカメとビビンバの素でエスニックサラダとか…。

 なんだか楽しくなってきたぞ。
 よし、いろんなティーバッグがあるから、全部混ぜちゃえ! 麦茶に緑茶に烏龍茶、ついでに紅茶も入れてみよう。
 ……おいしいものを混ぜたのになぜおいしくないものができたのか、不思議でならない。

 おいおい。

 いや、それでもちゃんとした〈研究成果報告書〉になっているんです。ええと、ちゃんとはしてないけど〈研究成果報告書〉にはなっていると言ったほうがいいかな。島の様子や、自然保護の大切さや、そのための調査がかえって自然にコミットすることへの葛藤やらが読み取れます。

 でもでも。とにかく、評者も「不便を楽しみ」に出かけたくなりました。

「無人島、研究と冒険、半分半分。」
著者:川上和人
発行:東京書籍
価格:1,760円(税込)

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