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自分の身は自分で守る、互いに助け合う。ジュニアヨットスクールのもうひとつの活動 【We are Sailing!】

 3月にお届けしたレポートでは、小~中~高校生までのジュニア/ユース世代のセーラーたちのヨットレース(セーリング・チャレンジカップ in 浜名湖)の様子をご紹介しました。この大会に参加していた選手の大半は、全国に点在するジュニアヨットクラブに所属する子どもたちです。

普段の練習の多くはレース形式でコースを周回しながらセーリングの技術を身につけていく

 ジュニアヨットクラブといってもその活動形態は様々ですが、ざっくり分類すると次の2つの形態になりそうです。ひとつは、ヨットレースで勝てるセーラーを育成することを目的とした活動。もうひとつは、ヨットを通じて海の楽しさや怖さを学ぶ活動です。おそらく全てのジュニアヨットクラブはこの二つの活動を同時に行っていて、軸足がどちら寄りにあるかの違いがあるに過ぎません。とはいえ、近年の傾向としてはヨットレースのスキル向上に軸足を置くクラブが増え、海の楽しさや怖さもヨットレースを通じて学んでいこうというスタイルになりつつあるようです。

 そんな中で異彩を放っているのが「YMFSジュニアヨットスクール葉山」です。このクラブは1978年にヤマハ発動機(株)がセーリング普及活動の一環として開校したスクールで、現在はYMFS(ヤマハ発動機スポーツ振興財団)が運営し、今年で開校45年を迎えた歴史あるクラブです。
 もちろん通常の活動はヨットレースを模したコースを周回するレース練習がメインで、先述した浜名湖のヨットレースにも出場するなどレース活動も行っています。オリンピック選手を輩出している名門ですが、レース一辺倒ではなく、さまざまな自然体験を通して、人間的な成長を目指そうというところが、このクラブの特徴となっています。

 そんなYMFSジュニアヨットスクール葉山が毎年行っているのが、地元葉山町で活動している葉山ライフセービングクラブのスタッフを招いての安全講習会です。7月の日曜日、その様子を取材してきました。
 
 午前中はハーバーの会議室でダミー人形を使っての心肺蘇生法の基本を学びます。後半ではAEDの使い方など本格的な内容です。午後からは、マリーナのお隣の森戸海岸に移動して、海水浴での危険性について学び、後半はレスキューボードを使って実際のライフセービングを体験します。

午後は森戸海岸で「ライフセービングごっこ」

 こう書いていくと学校でやっていた「避難訓練」的な味気ないもののように思えますが、そこは講師の手腕で、毎年子どもたちから「ヨットより面白い!」なんて感想が出てくるほど盛り上がるイベントになっているのです。

 この日、講師のリーダーを務めてくれたのは、加藤智美さん(葉山ライフセービングクラブ理事長)。加藤さんは葉山町に生まれ育ち、葉山の海で様々な遊びを経験してきた「海の女」で、あらゆる海の遊びを知っているため「引き出し」の多さが違います。無味乾燥になりがちな安全講習に具体性を持たせることで子どもたちを飽きさせない話の持って行き方ができるのでしょう。

 リトル・アンと呼ばれるダミー人形を使って心肺蘇生法を教えるときも「君たちはヨットをやっているから、そのとき着ているのはこんな服じゃなくてウェットスーツ、冬だったらドライスーツかもしれないよね」といった、子どもたちにより具体的なイメージを描けるように誘導した上で、「ドライスーツなんてこんな前開きの服みたいに簡単に脱げないよね。脱がすのに時間が掛かると判断したら、そのときはAEDを使うのをあきらめる! とにかく胸骨圧迫を続けて全身に血液をまわすことが最優先だってことをしっかり憶えておいて」と状況に応じた優先順位をはっきりと伝えていきます。子どもたちは実際に心肺停止が発生した状況を思い浮かべたのでしょう、真剣な顔つきで加藤さんの話に引き込まれている様子でした。

ダミー人形を使って心肺蘇生法。人命救助の方法だけでなく人の命の尊さを学んだ

 以前、葉山で活動する某大学ヨット部で沈(転覆)によってセールの下敷きとなった女子部員が心肺停止となる事故が発生したことがあります。レスキューボートに引き上げられハーバーへと帰港する間、艇上で胸骨圧迫の心肺蘇生を続けていたキャプテンがこのジュニアヨットスクール葉山の卒業生でした。ハーバーで待つ救急車に運び込まれたときも意識は戻らなかったようですが、その後奇跡的に意識が回復し、長期入院となったものの大きな障害も遺らず通常の生活に戻ることができました。
 その後の伝聞によれば、海の上で続けていた胸骨圧迫があったからこその奇跡だったとのこと。そのときのキャプテンはマリン専門誌のインタビューに「以前、心肺蘇生の講習を受けたことがあって、なんとなく頭に残っていた知識をもとに、必死で胸骨圧迫を続けました」と答えていました。「なんとなく頭に残っている」だけでも人の命を救うことに繋がるということを加藤さんはわかっているからこそ、情熱を持って子どもたちに伝えることができるのでしょう。

ヨットで感じるのとは異なる「海」で学びながら楽しんだ

 午後、森戸海岸で子どもたちが「ライフセービングごっこ」で盛り上がっている間、今回の講習に参加した父親に話を聞いてみました。ひとりは大学生の頃から葉山で活動するレーシングクルーザーのクルーとしてセーリングに親しんできた方です。
 「今も週末はレースや練習で海に出ているので、昨年から託児所代わりといっては言葉が悪いですが、子どもをクラブに預けています(笑)。ヨットが好きになってくれたら、将来はいっしょにヨットに乗れればいいですね」
 セーラーの中には自分の子どもを一流の選手に育てることに熱心な人も多い中、田中さんは自分がセーリングすることに夢中な「現役」なので、生徒たちの自主性を重んじ、スクール中は親の助けを必要としないこのクラブのスタイルが気に入っているようでした。

 もうひとりの父親も現役セーラーでした。名門のヨット部がある高校、大学の出身で、卒業後も途絶えることなくセーリングを続けてきたというその父親は、「私自身、母校(高校)のヨット部の監督を引き受けていた時期もあって、ヨットレース一辺倒でしたから、むしろヨットレースだけではない幅広い活動をしているのはいいことだと思います」と今回のような講習会を歓迎しています。

君たちがコーチやお父さんの命を助けることになるかもしれないんだよ」と心肺蘇生法の講習の中で加藤さんが言っていたように、自分の子どもに心肺蘇生してもらって命拾いするなんてことが、ひょっとしたらあるのかもしれません。いや、そんな想像も荒唐無稽ではないのが海というフィールドの奥深さであり怖さでもある、ということが講習の中から学ぶことができた一日でした。

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