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昭和の鬼コーチとはひと味違う「気合いと根性」 【We are Sailing!】

 昨年(2022年)秋、470級ミックスのチームを結成した磯崎哲也/関百合恵。パリを目指すチームとしては最も遅い始動となったこのチームには、もう一人のメンバーがいます。コーチの小泉颯作そうさくさんです。

 3人でいると、誰が選手で誰がコーチなのかわかりません。それもそのはず、この3人はほぼ同世代で、最年長の磯崎選手から一学年下が小泉コーチ、その一学年下がクルーの関選手。小泉さん自身も昨年まで470級のヘルムスマンとして国体や全日本選手権に出場する選手だったのです。

 セーリング競技が盛んな山口県光市で生まれた小泉さんは、光ジュニアヨットクラブでセーリングに出会い、地元の名門・光高校のヨット部に進み、早稲田大学ではキャプテンを務めるなどインカレのスター選手として活躍。大学卒業後は実業団の名門・トヨタ自動車東日本で470級のヘルムスマンとして世界を目指す活動をしていました。

2019年までライバルだった新任コーチ

 「2019年に行われた東京大会の最終選考の後は、代表になった岡田奎樹けいじゅ外薗ほかぞの潤平(トヨタ自動車東日本)のセーリングパートナーとしてセーリングを続けていました。もう一度パリを目指したいという気持ちはありましたが、東京大会の延期などもあってなかなか自分の思うような活動もできず、次の道を考えるときなのかなと感じていました」

同じ470級で2019年の世界大会のメダルを目指していた小泉コーチ

 母校である早稲田大学のヨット部の指導にも携わっていたこともあり、次に進むべき道はコーチなのかなとぼんやり考えていたという小泉さん。
 「自分自身が選手気分が抜けきらないこともあって、周りの若い選手をみても『これだったら自分が(選手として)乗った方が速いんじゃないか』と感じてしまって(笑)。とりあえず弟(小泉維吹・東京大会49er級代表)のサポートをするつもりで会社を退社していたところ、磯崎選手から声が掛かって……」(小泉)

 かつてのライバルだった小泉さんにコーチをお願いした理由を磯崎選手に訊いてみると、
 「颯作はマジメで仕事もデキる。470級を降りて日も浅いし、年も近い(1歳年下)こともあってコミュニケーションも取りやすいし、何よりアスリートとして同じ価値観を共有していると選手の頃から感じていました」(磯崎)。

二人が共有する価値観

 「磯崎選手は世界選手権で銀メダル(2018年)を獲得するほどのヘルムスマンですから、セーリングスキルは自分よりはるかに高いものを持っていることは明らかなんですが、それ以上に磯崎選手に対して感じているのは、気合いと根性が突き抜けているってことなんです(笑)。自分も同じ価値観を持っていたし、アスリートとして尊敬できる磯崎選手のコーチなら是非ともやってみたいと思いました」(小泉)。
 「気合いと根性」とは令和の時代にはあまりそぐわない、いかにも昭和な物言いではあります。クールでクレバーな印象の小泉さんの口から聞かされると、違和感はいや増します。

「これからこなしていかなくちゃいけない長時間の練習も、身体づくりのトレーニングも、レガッタで厳しい局面に立たされたときも、モノを言うのは気合いと根性ですよ。そう思いませんか?」と小泉さんは問いかけます。

 確かに、最近のスポーツ報道で語られることの多いメンタルタフネスだの、モチベーションだのといった横文字を日本語に置き換えれば、それは気合いと根性ということになりそうです。どんな言葉が自分を奮い立たせるかについては人それぞれでしょうが、彼らにとっては日本語の「気合いと根性」が一番しっくりとくるということのようです。

 「気合いと根性は昔から自分のモットーというか、信念みたいなものなんです。そこに颯作が共感してくれたんで、自分たちのチームの合い言葉になってます(笑)」(磯崎)

 勘違いしてはいけないのは、彼らは気合いと根性さえあればなんとかなるなんて、これっぽっちも思っていません。

レース海面ではボートで選手たちをサポート

誰よりも練習を積み重ねる

 2月に取材に訪れたJSAF(日本セーリング連盟)の強化合宿で、彼らはどのチームよりも長く海で練習し、どのチームよりも長くフィットネストレーニングに取り組み、どのチームよりも遅くまでチームミーティングをこなしていました。最終目標のフランス大会でのメダル獲得から逆算すると、チーム結成が一番遅かった彼らにとって、こんなことは最低限のノルマに過ぎないのです。

「颯作の有り難いのは、毎日の練習での記録を綿密にとってくれていること。写真や動画だけでなく、彼の目から見た印象も含めて的確に蓄積してくれています。そんな貴重なデータがあるからこそ、練習後のミーティングが本当に充実したものになってます」(磯崎)。

沖ではマメに撮影しながらさまざまなデータを蓄積していく

 二人とも世界のトップを目指すキャンペーンを経験しているだけあって、メダルを獲得するという目標のために取り組まなければならない課題がどれほどのものかを知っています。膨大なデータを蓄積し、それらの情報を的確に分析し、そこに必要なスキルを獲得するための練習を積む。それは考えただけでも尻込みしたくなるほど膨大な量です。それに取り組むための前提条件が「気合いと根性」なのです。

 おもしろいのは、彼らが「気合いと根性」という合い言葉を口にするとき、決まって彼らは笑顔になります。茶化しているわけではないのでしょうが、昭和のスポ根アニメの台詞のような言葉をあらためて発すると、ちょっと笑っちゃうという気持ちはわかります。「気合いと根性!」と言って脱力する。肩に力が入る昭和のスタイルより、こっちの方がいいのかもしれません。
 そんな昭和の鬼コーチとはちょっと違う「気合いと根性」で、4月初旬にスペインで行われた今年最初のビッグレガッタ「プリンセスソフィア杯」の成績は11位。その勢いで2024年を目指します。 


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