駆除目的で始まった風変わりな漁 【ニッポンの魚獲り】
風光明媚な熊本県天草下島の南端に位置する牛深では、ある限られた期間、日本国内にはほとんど流通することのないヌタウナギの漁が行われています。輸出先は韓国。もともとは、刺し網にかかったヒラメなどにヌタウナギが害を及ぼすため、駆除することが目的で始まったという珍しい漁です。
輸出が100%のヌタウナギ
「ヌタウナギは刺し網にかかった魚に吸い付いて内臓を食べてしまうので、それを駆除するために補助金が用意され、獲ることになりました。それがこの漁の始まりです。もう40年以上前のことですね。それが20年ぐらいすると、ヌタウナギは韓国で買い取るからということになって、商売になったんです」(〈あさひ丸〉船主・吉川信幸さん)
ヌタウナギ、といってもウナギに似ているのはその体型のみ。脊椎動物の中ではかなり原始的で、生物学的には一般的な“魚類”からは最も縁遠い生物。その最大の消費地は先述したとおり隣国の韓国で、日本国内ではごく一部の地域をのぞいて、ほとんど流通していない水産物です。
取材時、ヌタウナギ漁を始めて2年ほどいう吉川信幸さんは、刺し網や潜水漁、タコ壺漁など年間を通じて様々な漁を行っていますが、11月のごく短い期間に弟の吉川一太さんとともにこのヌタウナギ漁を行っています。その間の水揚げ量はおよそ2トン。
アナゴとほぼ同様の漁法で漁獲
漁法はアナゴを獲る筒漁とほぼ同じです。黒い筒に餌となるサバやソーダガツオの切り身を入れ、海に沈め、一晩以上空けてから回収していくというもの。筒を揚げ、入っているヌタウナギをイケスに入れて、籠には餌を入れてデッキに積んでいき、すべての筒を回収した後に再び海に戻していきます。
ヌタウナギの溜まったイケスの中を見ると、底に溜まった海水は、ヌタウナギの身体から出てくるヌメリでスライム状になっています。移動の合間を縫ってこのスライムを取り除き、網に入れてヌタウナギをイケスに戻します。このぬたぬたしたヌメリがヌタウナギの名の由来です。
「これをやらないとヌタウナギは窒息して死んでしまうんですよ」
港に戻り、漁港で水揚げ。ヌタウナギは、韓国では丸焼きにしたり、炒めたりして調理される人気の食材のようで、生きたまま出荷され、韓国へと運ばれていきます。ところが吉川さんは「実はヌタウナギって食べたことがないんですよ」と笑います。当港で水揚げを待ち構えていた職員さんたちも「実は一度も食べたことがないんですよ」と口をそろえていました。
地元の人たちだけでなく、当の漁業者も口にしたことがないという水産物。それもまた、かなり特殊で「珍しい」ケースです。