海で人々を助けるヒーローたちも楽しんでいるんだよ 【Column-潮気、のようなもの】
寒くなってくると、決まって南半球の海を思い出す。いうまでもなく、南半球では、季節が日本とは逆になる。12月といえば夏の始まりで、私などはクリスマスが近づくと、以前に目にしたことがある、サンタクロースがサーフィンをしている写真を思い出しながら暖かな南半球に思いを馳せたりする。
オーストラリアで知ったライフセーバーのこと
ずいぶんと昔の話になるが、12月にオーストラリアのニューサウス・ウェールズの州都、シドニーから車を走らせ、スワンシーという小さな町のビーチを訪れた。
ところがこの日のスワンシーは強い風が吹き渡り、夏なのにとても寒かった。ビーチにいる人びとはウインドブレーカーを身につけ、フードを頭までしっかりとかぶっている。そして海を見つめていた。視線の先には、高い波と格闘しながら、サーフレスキューの競技に取り組む男女の姿があった。
この日、この海岸ではオーストラリア各地のサーフクラブのメンバーが集まっての競技会が行われていたのだ。こうした大会が、シーズン中は毎週のように各地のビーチで開催されているという。
競技者は私たちの多くがイメージするライフセーバーの姿とは少し違っていた。真っ黒に日焼けした筋骨隆々の若者を思い浮かべるものだが、ここには小柄な女性や初老とおぼしき男女、メタボ系の男性の姿も見える。そして、ライフセービングの競技中なのに、みんなが、楽しんでいる様子がうかがえた。
ビーチではアイアンマン・レース、ラン・スイム・ラン、パドルボート・レースなどの競技が次から次へと行われていたが、なかでも日本のライフセービングの競技では目にしたことがなかった「サーフボート」という競技種目は圧巻で興味を引かれた。4人の漕ぎ手と1人の舵取りの5名が乗り組むボートで、大波を乗り越え沖に打たれたマークを回航し、追手の波に乗りながら、ゴールのビーチを目指す競技だ。波がブレイクする付近では、ボートの後部が持ち上げられ、バウ(選手)が海中につっこみ、そのまま前方にひっくり返って沈没するシーンをしばしば目にした。過激である。バランスを取るには相当な技術を要するに違いない。
大会関係者に話を聞くと、この競技、もともとは漁船による遭難救助活動がベースなのだそうで、沖で海難が発生したら、海辺に住む漁師たちが、浜に置いてあるボートで駆けつけたことに由来する。そんな海生きる者たち同士の“互助意識”がサーフレスキューの原点にある。その意識はオーストラリア全土に広がり、海辺にはサーフクラブが生まれていったのだという。
ライフセーバーの条件は“海とそのライフスタイルを愛すること”
1907年にこれらサーフクラブの全国組織『SLSA(Surf Life Saving AUSTRALIA)』が設立された。当時のSLSAの会長に話を聞く機会があった。会長は、「設立100年以上になるが、ボランティアたちの忠誠心、人々の命を守るという使命は、全く衰えてはいない。現代社会で他人のために自己犠牲を求めることは困難になりつつあるが、その中で活動し続けてられていることを誇りに思う」と語り、ライフセーバーの条件として「健康であること、そして海が好きで、海を拠点にしたライフスタイルが好きなこと、ボランティアとしての義務を果たし自分の時間や週末を犠牲にし、自己啓発やトレーニングに取り組めること」などをあげていた。
話を聞いていて「いいな」と思ったのは、彼らのボランティア精神もさることながら、ライフセーバーの条件に上げられた「海が好きで、海を拠点にしたライフスタイルが好きなこと」のところだった。
このとき、スワンシーではない、別のビーチ(場所を忘れてしまった)のサーフクラブのクラブハウスを覗いてみたのだが、それが、やはりオーストラリアのあちこちの海辺にあるヨットクラブのクラブハウスにとても雰囲気が似ていたのだった。クラブメンバーにとって、レスキューはライフスタイルの一部であり、語弊はあるが、楽しみでもある。そして地域の人々の交流の場にさえなっているのだった。
広大な面積を持つオーストラリアは海岸線も長い。そして多くの人びとが海辺で過ごす時間の魅力を満喫してきた。その長い歴史のなかで、海辺で不慮の事故が起きた際にそれを救助し、または事故を未然に防ごうとする組織が生まれたことは、自然の成り行きであったのかもしれない。
ボランティアを活動目的の一つにした伝統的なサーフクラブの存在とその活動、そしてメンバーが持つ誇りは、マリン大国の証ともとれる。
日本の海岸に派遣されるヒーローたちも海が好き
形態こそ異なるが、日本にもライフセーバーの組織はあって、多くの人々がボランティアに関わっている。ほとんどの海水浴場に立つ監視台の上から遊泳者に気を配っている、黄色いシャツに紅いパンツの出で立ちをしたお兄さん、お姉さん達がライフセーバーだ。社会人だけでなく、大学のライフセービングのサークルに所属する若者が多い。彼らは夏になるとそれぞれの各地の海水浴場に派遣される。海水浴場の安全管理にとって貴重な人材なのだ。
海岸の近くに家を借りたおかげで、愛犬と散歩しながら、これまで目にすることのなかった朝の海水浴場の景色を目にするようになった。大賑わいとなる前の、朝の静かな砂浜で、ライフセーバーたちが安全監視のための準備をする。救助機材を準備し、砂浜を走り、波に向かって泳ぎ、コンディションを整える。男子も女子もいる。いろいろな大学から集まってきているようだが、統制が取れている。均整がとれ、真っ黒に日焼けした彼らの姿は一様に美しい。
ある現場に居合わせたひとりの大学生(関東の大学)に話を聞いたことがある。彼の所属する大学のライフセービングクラブでは、夏を迎える前にどのビーチに行きたいか希望を聞かれるが、一番人気は伊豆七島の新島なのだそうだ。そりゃあそうだ。楽しいに決まっている。美しい新島の海を思い返し、その海での任務を希望する大学生の心持ちには大いに共感するし、オーストラリアでの取材を思い起こし、むしろ嬉しくなる。
SLSAを取材した時、オシャレなライフセービングの写真集をプレゼントされた。その子どもの写真を使った口絵のキャッチフレーズには「僕のヒーローはマスクもマントもつけていない。赤と黄色のキャップをかぶっている」と書かれていた。オーストラリアのライフセーバーは子供たちの憧れの的でもある。
日本でもそうなるといいな。