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偏屈な目線で楽しんだ、バリの旅。 【Column- 潮気、のようなもの】

 先日、女性がひとり旅をするのにどこかお薦めはないかといった話をする機会があって、いろいろと思い巡らせているうちに、インドネシアのバリに足繁く通っている知り合いのことのことを思い出した。

 その知り合いによると、何でもバリでは高級リゾートでの滞在が何よりも楽しいそうで、行ったらほとんどホテルの外には出ないのだという。私もバリには何度か訪れているが、海辺に出歩くことが目的の仕事旅だ。宿泊に利用するのはちょっと高価なビジネスホテルのようなところで、高級リゾートなどには滞在した経験が無く、ランチを摂りに立ち寄ったぐらいなのだ。ただ、チャータータクシーのドライバーからクレイジーだと言われた高価なミーゴレン(焼きそば)頬張りながら感じた高級リゾートの雰囲気は確かに良さげで、件の知り合いから聞いた話を合わせて、もしかしたら女性のひとり旅の目的地にはいいんじゃないかと考えて適当にお薦めしておいた。

ちょっといいリゾート。高価な焼きそば(ミーゴレン)をいただいた

 というように、海辺を歩き回ること、船に乗ること、それらの写真を撮ることが目的の旅は、目線そのものが偏屈になる。

漁師たちが使うアウトリガーカヌーに乗ってみた

 日の傾きかける頃、バリの州都・デンパサールの郊外にあるビーチに出かけると、多くの漁船が一日の仕事を終え、帰ってくるシーンに出会える。
 日本で漁船と言えば、漁港に係船されているのが当然のことと思うが、インドネシアをはじめとする東南アジアの国々では、漁船のために港が整備されているような所は希で、多くの漁船が砂浜もしくは簡素なスロープから出入りしている。

 漁師たちで賑わう砂浜では、ナイロン製の網が逆光にキラキラと輝いて見える。網から魚を取り外し、その日の獲物の選別をはじめる。ビーチと道路を挟んで小さな市場があって、新鮮な魚が並んでいた。一見したところ不衛生に感じなくもないのだが、外国人から見た日本の魚市場も同じような印象を受けるのではないかと、そう思うことにした。

島の南、バリ州の州都・デンパサールのビーチには数多くの漁船

 これらの魚を獲ってくるインドネシアの小型漁船は、アウトリガーカヌーを原型としたものが目立つ。文字通り、細長い小舟の両舷に横木を取り付けて張り出し、そこに丸太が舟と平行にくくりつけられている、安定性を高めたカヌーだ。バリで見かけた漁船は片玄だけにアウトリガーを取り付けたタイプが多い。網を上げ下ろしするなど、漁労の作業性を高めるためなのだろうかと想像した。原始的な舟ではあるが、もちろん、これらの舟には船外機が取り付けられている。ヤマハ製がほとんどだ。

片舷にアウトリガーを取り付けたバリの漁船

 欧米のようなマリンレジャーの文化が根付いていないアジアの舟艇文化や海洋文化を伺い知るのに、またその雰囲気を味わうことができるのは、こうした漁村の風景の中に身を置くことにつきるのではないかと、日ごろから考えている。   
 というわけで、少々風が強く波のある海で実際に乗ってみると、転覆する心配はなさそうだが、それほど安定性は高くなく、よく揺れることに気づかされる。何よりアウトリガーからスプレーが起きて、体を濡らす。快適とはいえない。

こちらはカメラを落としたボートと同型。漁船と異なり両舷にアウトリガーがある

波高く、つらいロングクルージング

 バリは、古くからインド文化の影響を受け続けてきた島の一つだ。16世紀にジャワ島がイスラム勢力に占有されると、多くのヒンドゥー教徒がバリへと逃れた。以降、バリはヒンドゥー文化を維持する強固な土侯国どこうこくとしての歴史を歩んだ。ジャカルタなどに比べるとエキゾチックな空気を強く感じられるのは、こうしたヒンドゥー文化のせいなのだろう。

 先述したけれど、端正なリゾートホテルで過ごすバリへのツアーが人気のようだが、町の雑踏の中で、また片田舎の漁村で、それらの異文化を五感で味わう旅も悪くない。屋台から放たれる、熟したフルーツの芳しい香りは、目ばかりでなく鼻孔にも快い。見世物の蛇に鳥肌を立て、どこか達観した面持ちの猿に見下されて謙虚さを学び、道の端に並べられた絵画で心が洗われる。行く道の所どころで見かける花の供え物・チャナンに、人々の素朴な幸福を願う信仰を思う。ダウンタウンの喧噪や、たまに漂ってくるインドネシア煙草の独特な香りにも不思議と安らぎを得たりするものだ。

デンパサールのビーチ。夕刻になるとレストランのテーブルが並べられる
街中で見かけたものなど。右下の写真は道端に飾られたチャナン。神さまへの供え物

 実をいうとバリには、多く人々がマリンリゾートに求めるような美しく静かなコーラルブルーの海が少ない。地元のチャーターボートのオーナーに美しいビーチのある島として勧められたのは、デンパサールの東方に浮かぶレンボンガン島だった。

盛大に波を被りながらたどり着いたレンボンガン島

 そして勧められたまま、マリーナとはいえない粗雑な船だまりから舫いを放ち、約20マイルほどのクルージングを楽しんだ。いや、実は、楽しんだと言うにはあまりにも過酷な時間をボートの上で過ごす羽目になった。風が強く、波は高く、荒い。

 もちろんバリでこんなクルージングを体験する者はまれであろう。他にも様々なマリンアクテビィティが楽しめる。もともとサーファーには人気の海であるし、ビーチで楽しむパラセーリングも古くから人気だ。GT(ジャイアントトレバリー=ロウニンアジ)が狙うフィッシングチャータも日本人のアングラーたちにそれなりに人気がある。

 でも、激しく揺れ、盛大にスプレーを浴びながら想像したのは、これと同じ海象の中で魚を獲る、アウトリガー・カヌーの漁船と漁師たちの姿だった。そのことの方が、たどり着いた海の静けさよりも記憶に残るのである。偏屈なのだ。

文と写真:田尻鉄男(たじり てつお)
編集・文筆・写真業を営むフリーランス。学生時代に外洋ヨットに出会い、海と付き合うことになった。これまで日本の全都道府県、世界50カ国・地域の水辺を取材。マリンレジャーや漁業など、海とボートに関わる取材、撮影、執筆を行ってきた。

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