深追いせず、待ちうける。近代・定置網漁 【ニッポンの魚獲り】
対岸に北海道を望む、津軽海峡に面した青森県むつ市の大畑町では、3軒の経営体によって小型定置網漁が行われています。
定置網漁は、網の壁にぶつかると、より深い方へ、沖へと泳ごうとする魚類の習性を利用した漁法です。迷路のように網を仕掛けると、魚類はその習性に従って迷路のゴールである“金庫網”という、戻ることのできない袋網に溜ります。それを毎日、決まった時間に引き上げていくのです。
大畑の主な漁獲はサクラマス、マグロなどの中型回遊魚、サケ。そして冬季に水揚げされるスルメイカは年間水揚げのおよそ半分を占めるほどの主力となります。
漁業の近代化を担う金城丸の定置網漁
朝の6時、〈第十八金城丸〉のエンジン音が静かな大畑漁港に響きます。金城水産の社長で船頭を務める濱田英樹さん、息子である濱田一歩さんら5名の乗組員を乗せると、〈第十八金城丸〉は舫いを解き放ち、港をゆっくりと出て、漁場へと向かいます。
目差すのは沿岸に設置された3基の定置網です。大畑には3軒の小型定置の経営体があり、それぞれが3基ずつ定置網を管理しています。計9基の定置網を設置する場所は決められており、3年ごとのローテーションでその場所を管理する経営体が変わっていきます。
2016年の秋に進水した〈第十八金城丸〉は、水産庁が進める「漁業構造改革総合対策事業」の補助を受ける形で建造されました。漁獲から製品・出荷に至る生産体制を改革して収益性を向上する漁業の改革計画や、新しい操業・生産体制への転換を促進する事業が対象で、〈第十八金城丸〉はそうした事業を実現するために様々な艤装が施され、また、造船以外の分野でも新たな試みに取り組んでいるのです。
大畑漁港に浮かぶ他の定置網漁船とひと目で違いがわかるのは、艫(船の後部)に追加設置されたクレーン。また、ツインキャプスタン(錨鎖やロープを巻き上げるための垂直軸回転式のウインチ)、高圧ポンプ、タモ網を不要とするイカ用のフィッシュポンプなど、大畑の小型定置網漁において省力化を推進する艤装が各部に施されました。
強く、しなやか、そして優しい。網へのこだわり
網にもさまざまな工夫が施されています。大畑の海は潮流の変化と速度が激しく、そのために網の素材を形の崩れにくい、重めのものにしています。金庫網はポリエステルからベクトラン(液晶ポリマーを原料とする高強力繊維)に変更。これは型崩れだけでなく、トドなどの海獣の被害からも網を守ります。さらに大畑では網の目合いを大きめにすることで、潮に流されにくくすると同時に、小型魚の乱獲を防いでいます。
ちなみに、定置網はとても高価な漁具です。濱田さんに聞いたところ、購入費用は一基で約3000万円。“小型” 定置でも、網だけで1億円近い費用が必要になるのです。日常生活のなかで、我々は網の価格など考えたことがありませんが、それを知るとプレジャーボートで定置網の近くを航行するときなどは、プロペラで網を破壊しないよう十分に注意しようと気も引き締まります。
また、金城丸ではこの補助事業に合わせて、定置網に最新のユビキタス魚探(定置網の内部を無線でモニタリングできる魚探)を設置しました。これまで漁場に行って揚げてみなければわからなかった網の中の漁獲状況が、船を出さずとも陸にいながら市販のタブレットなどの端末を介して判断でき、無駄な操業を減らし、省力化の一助となっているのです。
新しい漁業に新しい船
そして濱田さん親子が選んだ漁船がヤマハの「DX-120A-0A」。13トン型の定置網専用漁船でエンジンは650馬力の三菱製。濱田さんらがこれまで使用していた定置網漁船に比べ、積載量も大幅に増加しただけでなく、何よりも広々としたデッキで乗組員が安定した作業を行えるようになりました。
明治の時代からスルメイカの漁で名を知られてきた大畑ですが、近年はスルメイカの不漁に悩まされています。それでも定置網は我慢して待つのみ。決して魚を一網打尽に捕獲しようと深追いをすることのない“待ち”の定置網が、環境保全型の漁業として再認識される理由の一つでもあります。
今後も省力化の効果や水揚げ高のデータなどを分析しながら、事業を進めていくという金城水産。濱田社長は「水産業で知られた大畑を、これからもなんとか盛り上げていきたい。次に続く若い世代のためにも頑張ろうと思います」と力強く語ります。