欧州遠征〜バックストーリー:盛田冬華のスペイン・マヨルカ島編 【We are Sailing!】
トップクラスのセーラーたちは世界中のレガッタを転戦しています。サッカーのようなメジャーな競技であれば、国内のリーグで十分に力をつけられるかもしれませんが、セーリングのようにメジャーとはいえない競技では、国内の活動だけで世界レベルの技術を身につけることは難しく、ある程度のレベルに達した選手たちは国際レースを主戦場として活動します。それは日本に限ったことではなく、欧米の有力選手たちもまた国内にとどまることなく活動しています。
2021年にチームを結成した髙山大智/盛田冬華ペアは、世界的なパンデミックの趨勢が不透明だったため、これまで国内での調整を余儀なくされてきましたが、いよいよ、新チームとして初の欧州遠征に出ることになりました。
緒戦は4月1~9日にスペインのマヨルカ島で開催される「プリンセスソフィア杯」、その後、そのままフランスのイエールに移動して4月23~30日の「フランス・セーリング・オリンピックウィーク」に出場します。
この2レガッタとも、パリ大会に向けて活動するセーラーたちの大半が出場するメジャーなセーリングイベントです。他にも5月下旬にオランダのアイセル湖で行われる「アリアンツレガッタ」、6月にドイツで行われる「キールウィーク」、さらに気温が下がる1月には南半球のオーストラリアで「セール・メルボルン」、同月下旬にはアメリカのマイアミで「USオープン・セーリング」といったイベントが開催されます。
これらのイベントは毎年ほぼ同時期に開催され、その時のオリンピック種目(オリンピックのセーリング競技は、種目変更が頻繁に行われる)が対象となっています。さらに開催場所や時期が毎年変わる世界選手権や欧州選手権なども含め、セーラーたちは自分の活動状況に合わせて出場するイベントを選択します。
お気づきかもしれませんが、これらのレガッタが開催される場所は世界的に有名な海洋リゾート地ばかりです。これには合理的な理由がありまして、10種目にも上るセーリング競技において、それぞれ数十艇のヨットが集まってイベントを開催するとなると、それだけのキャパシティーのあるマリーナやヨットハーバーが必要となります。そうした条件に見合う規模のマリーナというのは、概ね有名なリゾート地にあります。そのような海洋リゾートのマリーナの主たる利用者は、風光明媚な海をクルージングで楽しむヨットやボートのオーナーたちです。
つまり、セーリング競技の会場となる施設は、体育館やスタジアムのようなスポーツ専用の競技施設ではなく、ボートやヨットで海を楽しむ人たちのための施設を、一時的に競技会場として借りているという図式になるのです。わざわざ風光明媚なリゾート地を選んで大会会場を選んでいるというわけではないことをお断りしておきます。
こうしたレガッタを転戦する選手たちは、風光明媚なリゾート地を次から次へと訪れることになります。もちろん選手たちの目的は観光などではなく、レースが行われない日であっても、練習やトレーニングはもちろん、レース艇の整備やチューニングに追われて、ゆっくりと観光している暇などほとんどありません。
とはいえ、美しい港町の風景や、そこに暮らす人たちの文化は魅力的です。毎年訪れる町で、心が安まるカフェ、とびきりのバゲットを焼くベーカリー、珍しいものが並ぶマルシェなど、自分のお気に入りの場所を見つけていくことは、異国において平常心を保つために有効です。むしろ、そうしたことを楽しむくらいの余裕は、アスリートには必要な要素です。
チームとして初めての海外遠征。盛田が見た風景
というわけで、今回はヤマハセーリングチームとしては初の海外遠征となる盛田冬華に、彼女の気になるものを撮影してきてもらいました。もちろん、競技に支障が出ない範囲内で。
彼女の目を通してみた初めての海外遠征、緒戦の大会会場となったスペインのマヨルカ島はどんなところだったのか、いっしょに見ていきましょう。
確かに大きさといい、内容物といい、不審極まりないラゲッジではあります。なにより國央さんのクラフトマンぶりにビックリ。入っているのはスペアのセンターボードと、シュラウド類(マストを支えるワイヤー)のようです。
盛田が撮影したのは、ドーハのハマド国際空港のコンコース連絡シャトルのケーブルライナーのようです。もう一枚、空港のエントランスにそびえ立つ、ミッキーマウスのようなまたはピノキオのような木製彫像は、アメリカの現代アーティストKAWS(ブライアン・ドネリー)制作のスモールライという作品。
ドーハ経由でようやくマヨルカ島に到着です。スペインのマヨルカ島は地中海西部に浮かぶ、埼玉県より少し小さい面積の島です。緯度的には日本の秋田県とほぼ同緯度ですが、地中海性気候のため、大会が開催される4月の平均最高気温は18.7度と温暖です(今回は寒い日が続いたようでしたが)。そのため、冬の時期はヨーロッパ中から観光客が集まります。中でもドイツ人は特に多いようで、レストランのメニューにはスペイン語と英語の他に、ドイツ語での表記が目立ちます。
マヨルカで滞在する宿にチェックインしたら、窓一面に広がる地中海の夕陽! 朝にはメディタレニアン・ブルーの海が爽やかな潮風を運んでくれます。 なかなかの立地のようですね。
レースや練習の合間の短い時間に、頑張って撮ってくれたようです。ハーバー周辺の道路はご覧のように路上駐車でぎっしり。ヨーロッパの街は概ね路上駐車が多いのですが、マヨルカは島ということもあり、駐車スペースが見つからないほど。路上駐車にはルールがあるようなのですが、グレーゾーンのところもあって、余所者は有料駐車場に停めた方が無難です。
観光客向けの馬車ですね。日本の観光地で定番の人力車のようなもの。馬車の道路標識は、馬車の制限速度という意味なんでしょうか。
セーリングチームの海外遠征中は基本的にはいつも自炊です。それでもたまの外食は気分転換にもなるので、許してやってください。地中海のシーフードは絶品です。ちょっと奮発して美味しい地のものをいただくのがベスト。
大きな自信と、反省、そして悔しさを胸にフランスへ
そうです、レースです。彼らはレースをしにスペインまでやってきたのです。では、ここで今回のレースの概要について触れておきましょう。
今年で第51回を迎えるプリンセスソフィア杯は、現スペイン国王であるフェリペ6世の母親であるソフィア・デ・グレシアの名前を冠した歴史あるレガッタです。スペインではセーリングはロイヤルスポーツで、現国王のフェリペ6世はバルセロナ五輪にソリング級のクルーとして出場し、開会式では旗手も務めました。さらに、フェリペ6世の父親でソフィア王妃の夫である前国王のフアン・カルロス1世もミュンヘン五輪にセーリング競技の選手として出場しています。
オリンピック全種目の10クラスのレースが行われる大規模なイベントで、髙山/盛田が出場した470級には全66艇がエントリー。日本からはヤマハチームの他に、ベネッセ・トヨタチームの計2チームが出場しました。
大会前半の2日間が予選で、髙山/盛田は第4レースでトップフィニッシュするなどして、上位でゴールドフリート(上位半分)にコマを進めましたが、決勝シリーズの前半でスコアをまとめきれず、最終成績は12位という成績に終わりました。大会最終日に行われるメダルレース(上位10チームで行われるファイナル)には8ポイント及ばないという悔しい結果です。パリ五輪の日本代表の椅子を争うライバルのベネッセ・トヨタチームは8位でファイナリストに残り、メダルレースでは2位フィニッシュを決めて最終順位を6位にまで上げました。
「シリーズ前半は、自分たちが他のチームと比べてどれくらいの実力がわからなかったので順位にばかり気になってしまい、その日に設定した自分たちの目標に集中できていなかったような気がします。でも、そのことに気がついたシリーズ後半からは、順位のみにとらわれることなく、自分たちがその日にやるべきことに向き合うことができたような気がします。このレガッタに参加したことで、以前よりも自分のことを客観視できるようになったと感じています」
キャンペーンは始まったばかり。とはいえ「そのとき」はすぐにやってきます。今は順位だけにとらわれず、自分たちの課題を確実にこなしていくことが、結局は目標への最短コースに繋がるはずです。
世界を相手に戦ったことで得られた自信と、たっぷりの反省と、ちょっぴりの悔しさを胸に、髙山と盛田は次なる戦いの場であるフランスのイエールへと旅立ちました。
写真のようにコーチボートとレース艇をトレーラーに載せて、選手たちはハーバーからハーバーへと移動します。マヨルカでのレースが終わったその日に出発です。こうしてレガッタが終わるとすぐに荷造りして次のレガッタに向かう光景を、街から街へ移動するサーカスになぞらえてセーラーたちの中には「ファイブリング・サーカス」と表現する者もいるようです。アメリカの有名なサーカス団「リングリング・サーカス」(2017年に解散)とオリンピックの五輪を掛けた、ちょっとオシャレな表現ですね。
マヨルカは、島中が観光スポット。髙山と盛田はそんなスポットがあることすら知らず、レガッタ会場のあるパルマから一歩も出ることなく、次のレガッタのために出発しました。
次なる戦いの場は南仏プロヴァンスのイエール。コート・ダジュール(紺碧海岸)という言葉が生まれた地中海屈指の海洋リゾート都市です。
次回は、ヘルムスマンの髙山が、南仏プロヴァンスからリポートしてくれる予定です。