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9歳から76歳の笑顔が一同に集まる、水上スキーの全国大会。 【Column- 潮気、のようなもの】

銀色のウォーターカーテンの向こうに人影が見えたかと思うと、次の瞬間、その向こう側からスキーヤーが現れ、再びターンを切る。大学で同期だった古い友人に初めて水上スキーのスラロームの演技の動画を見せてもらったとき、その華麗さに息をのんだ。なんと美しいウォータースポーツなのだろう。それまで漠然とイメージしていた水上スキーの演技をまじまじと見てからというもの、いちど競技大会を覗いてみたいと思っていた。そして日本水上スキー連盟の理事長を務めるその友人に頼み込み、10月に滋賀県の草津市で開催された全日本水上スキー選手権大会の取材をさせてもらった。

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カッコいい、コンサバなウォータースポーツ

 実はnoteの編集会議で「水上スキー」が話題となったとき、若いスタッフの中にこのスポーツを知らない者がいて、驚かされた。
 「ほら、スキー板をはいて、ボートに引っ張ってもらって水の上を滑るやつ。ときどき肩に人を乗っけてさ、6人ぐらいでピラミッドをつくって滑ったりするの。テレビや雑誌で見たことないですか? え、マジ? ほんとに知らないの?」
 例えに「ピラミッド」を出したもので、かえって混乱させてしまったかもしれないが、最近はウェイクボードを知っていても、水上スキーを知らない人が実在することに少々驚いた。ウェイクボードという言葉が出てきたのでさらに比較しながら説明すると、ウインタースポーツのスノーボードがウェイクボードとするならば、スキーが水上スキーに当たる、というとわかりやすいかもしれない。競技にはスラロームとトリック、そしてジャンプがある。二枚板と一枚板を競技によって使い分ける。一枚板の場合でも“横乗り”ではない。そして、これはかなり個人的で強引な見解であるけれど、水上スキーには、ポジティブな意味で“コンサバティブ”な雰囲気がある。そこもどことなくスキーに似ているところだ。

 水上スキーは第二次大戦後にアメリカで急速に普及したのだそうだ。紀元前から行われていた雪山を滑るスキーに比べると、かなり最近のことで意外だったが、よくよく考えてみると、水上スキーは動力で走るボートがなければ成り立たない遊びだ。だから、人がスキー板に似たボードを使って水の上で遊びはじめのは、ヨーロッパでモーターボートが一般的な乗り物として定着した19世紀の中頃のことだった。さらに、何かとチャレンジャーなアメリカ人が、本物の雪山用のスキー板をはいて水上を滑ってみた。よほど楽しかったのだろう。それが1920年代のことで、現在の水上スキーの始まりとされている。
 また、日本では戦後になってからアメリカ人が箱根の芦ノ湖や滋賀の琵琶湖で遊びはじめたことで広まっていった。いくつかの大学に水上スキー部が設立され、それがこのスポーツの普及の核となった。これらの水上スキー部は、当時の日本モータボート競争会の声がけによって設立されていった。この話も聞くと興味深い。もともとはモーターボートの普及が目的だったのだ。というわけで私の母校をはじめ、多くの大学のクラブの正式名称は今も「モーターボート・水上スキー部」である。

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選手も運営しながら参加している全日本

 全日本選手権は5日間にわたって開催された(競技は4日間)。全日本選手権というからには、もちろん出場資格が設定されているわけだが、大会自体はとても開放的な雰囲気の中で行われていた。会場となっている緑の草原には、ハッチバックのバックドアを開けたままにしている、選手たちのたくさんの車がとまっていた。なかにはタープを設置して、デイキャンプのようにそこをベースにしている選手たちのグループもいる。みんなが互いに顔見知りのようで、家族的な雰囲気が会場を覆っていた。
 競技はスラローム、トリック、ジャンプの3種目。クラスは、年齢に関係なく、真のトップを競うオープンクラスの他、世代によって細かく分かれている。驚いたのは「Under-10」という10歳以下のクラスも設定されていること。さらに上には「Over-75」というクラスもある。9歳から76歳までの小中高生、大学生、社会人の老若男女が、「全日本選手権」という同じ大会に参加しているのだ。
 こうした例を、私は他に知らない。競技のレベルに言及するほどの知識も見聞もないが、私には、子どもから大人までが同日に同じ会場でウォータースポーツを楽しみ、お互いに声援を送るその様子が新鮮であり、このスポーツのなによりの魅力に思えた。

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選手同士が互いにリスペクトしている

 9歳の男の子と一緒に参加していたお父さんのひとりは、物心ついたときから雪山でスキーを楽しんでいたという。大学を卒業し、社会人になってから友人に誘われて、水上スキーを始めた。夏でもできる「スキー」は想像以上に楽しく、生活の一部になっていった。いま9歳になるお子さんは4歳頃から水上スキーをはじめ、初めて全日本選手権にエントリーした。
 「水上スキーの魅力は、スピードや爽快感。それと、ひとりではできないところ。コースを設置し、ボートがあって、オペレーターがいて、楽しむことができるんです。お互いに手伝いながら、感謝しながら滑っています」
 そのお父さんは、連盟の理事のひとりで、この全日本選手権の運営にも携わりながら、選手として参加していた。見渡すと多くの選手が大会の受付や、コースの設置など運営スタッフを兼ねている。家族的な信頼感や選手同士のリスペクトといった、会場に漂う空気の正体はこれだったのかと思わされる。

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 今大会の最高齢の選手は76歳の男性。この方も水上スキー歴は50年にもなる。
「近所の川で水上スキーのスクールがあることを知って初めてみたのがきっかけです。はじめはただ滑って楽しんでいたのですが、大会があることを知って競技を始めました。とにかく勝ちたくて続けてきたんですよ。なかなか勝てなくて、だから長く続けてきたようなものです。ふだんは散歩と簡単な筋力トレーニングで体力を維持しています」
 その最高齢選手は、ジャンプを含むすべての種目にエントリーし、ただひとり参加していたOver-75のクラスで、もちろん金メダルを独占した。
「まだまだ続けますよ!」と満足そうだ。

 それほど目立ちはしないが、東北、関東、関西、九州など、各地の水辺に水上スキーを体験できる施設やクラブがある。小さな子どもでも一緒に楽しめる。水辺に親しむ子どもが減っているといわれる昨今、これからおすすめする水遊びとして水上スキーを選択肢に入れるのも悪くはないなあ、と思う。

文と写真:田尻 鉄男(たじり てつお)
学生時代に外洋ヨットに出会い、本格的に海と付き合うことになった。これまで日本の全都道府県、世界50カ国・地域の水辺を取材。マリンレジャーや漁業など、海に関わる取材、撮影、執筆を行ってきた。東京生まれ。


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