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クルージングの思い出を美しく飾ってくれる〜海上の凪と成功した航海 【キャビンの棚】

 航海とは、それがどんなに小さなデイクルージングであっても、港に帰り着いたとき、それがひとつの充実したドラマになっていたことに気づきます。その中で、とりわけ印象深いドラマを上質な音楽で飾ってみると、実に生き生きと、その航海が記憶のスクリーンに映し出されて楽しくなります。メンデルスゾーンがゲーテの詩に寄せた「海上の凪と成功した航海」(作品27)は、その最たるものといえるのではないでしょうか。

 人によって、いろいろなシーンを思い浮かべるのでしょう。ある者は、この曲を聴くたびに、少年時代にセーリングディンギーに乗って、三浦半島の三崎から江ノ島を目指したときの遠い思い出が蘇ると言います。

 木管と弦のみによって静かに広がる序奏部。ゲーテの詩によれば「風が凪いで、波ひとつ立たず静けさに覆われた」早朝の海のイメージは、初めてのクルージングへの憧れと不安を抱いて海を見つめる者を優しく包み込みます。やがて陽が昇り、朝靄の向こうに水平線が見えはじめるのです。小さな波をいくつも越えて、小さなディンギーは湾の外へ向かいます。

 やがてフルートのソロが風を呼んで、ディンギーは軽快に海原を滑りはじめます。バウ(船首)が波を切り、心地よい水しぶきが頬に当たります。心は高揚します。軽快なアレグロ主部の詩の直訳は「霧が晴れ、空は晴れわたる。風の神(アイキロス)は固く締めた紐を弛める。急げ、急げ。波は分かれ、遠くのものが近づいてくる。もう陸が見えたぞ」
 小さなディンギーは巨大なクリッパーになって、波から波へ矢のように飛びます。

 フィナーレはティンパニーの連打とファンファーレ。賑やかな湾内に帰り着いたとき、だれも迎えてくれているわけでもないのに、行き交うボートが、みなこの小さな航海の成功を祝してくれているように思えて、喜びがこみあげてきます。そして満ちたりた優しいエンディング。

 この曲をメンデルスゾーンが作ったのは1828年。19歳でした。メンデルスゾーンの交響曲全集を録音しているクラウディオ・アヴァドが、そんな天才少年の曲の舵を取り、私たちの少年時代のクルージングの思い出を美しく、壮大に飾ってくれます。
 「海上の凪と成功した航海」の他、「真夏の夜の夢」、「フィンガルの洞窟」などが収められたメンデルスゾーンの序曲集。CD版は残念ながら廃盤になっていて、中古で購入可能。MP3のダウンロード版が購入できます。

「メンデルスゾーン序曲集」
演奏:ロンドン交響楽団
指揮:クラウディオアバド
レーベル:ユニバーサルミュージック
参考価格:780円〜(税込み)


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