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漁家の朝の食卓でやみつきになった「とろろ昆布の味噌汁」 【船厨-レシピ】

 漁業の取材に長年携わっていると、他ではなかなかできない体験をします。そのひとつに、漁師さんのお宅に泊めていただく、というのがあります。寝起きの時間が変則的だったり、近辺に宿泊施設がほとんど無い離島の漁村での取材の時、特に若かった頃は、よく「うちに泊まれ」と勧められ、なすがままに和室の客間に敷かれたふかふかの敷き布団のお世話になったものです。なぜか、仏壇がある部屋が多かった気がします。あ、それはどうでもいいです。

 さて、北海道の礼文島で漁師さんのお宅に泊めてもらっていたときのことです。夜通し漁をしてから明け方に家に戻り、漁師の家族の皆さんと朝食を共にしたことがありました。ありがたいことに、そんなときは決まって豪勢な朝食となります。朝から刺身はもちろん、焼き魚に煮付け、粗汁などの海の幸をふんだんに使った家庭の味にありつけます。メニューはほとんど覚えていませんが、このときもそうだった気がします。記憶が曖昧なのは、一杯の味噌汁にほとんどの記憶を奪われてしまったからです。

 食卓を前に正座をして、食べはじめるタイミングを待っていると、目の前に具の入っていない味噌汁が置かれました。そして船頭でもあるこの家の主が、奥さんから大きなとろろ昆布の袋を手渡されると、おもむろにその袋の中に手を入れ、とろろ昆布をわしづかみにしたかと思うと、味噌汁の椀に「どさっ」とぶち込みました。そして無言のまま隣に座っていた長男(漁師)にとろろ昆布の袋を手渡しました。長男も同じように袋に手を入れ、とろろを昆布をつまんで汁椀の中にぶち込みました。このままいくと、次は小子の順番です。緊張します。そして、ついに、隣にいた長男から袋が手渡されました。

 「私のような余所者でも袋に素手を入れて良いのでしょうか」

 少し戸惑い、目でそんな合図を送りながら、小子は主と長男の顔を交互に見渡しました。すると二人が黙ってこちらの目を見ながらうなずきました。その目は「お前もやれ」と語っていました。台所にいた奥さんも立ったまま、漬物を切る手を休めて私を注視していました。その目は「あなたもやるのよ、頑張って」と励ましていました。で、私もやりました。
 こうした、漁師の家庭での、わずか数十秒のささやかな出来事を通して大好物となったのが、この「とろろ昆布の味噌汁」です。実はそれまでお吸い物に入れることはあっても、味噌汁にとろろ昆布を用いたのはこのときが初めてでした。

 とろろ昆布といっても実はいろいろです。塩分濃度は味噌汁の味に大きく関わります。口にしたときの滑らかさも製品によって異なります。それほど高価なものではないかもしれませんが、こだわればその分、美味い味噌汁になります。今回は利尻産の、いつもより少しだけ高いとろろ昆布を使いました。また長ネギを刻んで入れると、味がますます豊かになることも付け加えておきます。

 普段は漁師と同じく袋から手でつかみ、そのまま汁椀に入れていますが、写真を撮るために、とろろ昆布を器に装ってみました。とろろ昆布の美しさは、新しい発見でした。

「とろろ昆布の味噌汁」
■材料
味噌汁(鰹だし)、とろろ昆布、長ネギ適宜
■作り方
1)鰹だし(今回は顆粒を使用)でつくった味噌汁を汁椀によそい、とろろ昆布を好きなだけ入れる
2)さらに刻んだ長ネギを適宜入れて出来上がり

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