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高校・大学のヨット部でも頑張ってきました。 【We are Sailing!】

 一般的に馴染みのないヨットレースという競技ですが、競技に打ち込んでいる選手たちはいったいどういう経緯でヨットレースというスポーツに出会ったのでしょう。これは、日本の競技スポーツの大半がそうであるように、高校や大学のヨット部という「部活動」として始めたという選手が大半をしめています。ヤマハセーリングチームの高山や盛田も、高校、大学のヨット部のOB/OGです(髙山は小学生から、盛田は高校生の時からヨットを始めました)。

2019年の全日本インカレに日本大学の選手として出場した髙山大智(右)。
この年が最終学年だったが優勝には一歩およばず準優勝に終わった
2020年の全日本インカレに法政大学の選手として出場した盛田冬華。
この年の法政は470級だけの出場で14位

 「高校の部活にヨット部なんてあるの?」と思うかもしれませんが、ヨットレースはインターハイ(全国高校総体)や国体の種目でもあり、全国の131の高校が高体連のヨット専門部(ヨット競技を専門に運営する組織)に加盟しています。この中には、たまたまヨット競技をしている生徒が入学し、インターハイに出場するためにヨット専門部に加盟したという高校もあるため、実質的に部活動としての活動をしている高校は80校程度のようです。現在、日本には4,856校の高校がありますので、131校で計算しても37校に1校の割合となりますので、高校ヨット部はかなりレアな部活動といえるでしょう。

 一方、大学のヨット部はというと、全日本学生ヨット連盟の加盟大学数は112校で、こちらも部員不足等の理由で実質的に活動している大学は2/3程度ではないかと思われます。さらに、正式な「部活」以外のサークルや、外洋クルーザーを使ったヨット部、さらには医科大学や歯科大学のヨット部だけの連盟も存在しています。単科大学なども含めた全国の大学数が788校なので、大学ヨット部は7校に一校の割合で存在することになり、それなりの規模の大学には普通に存在する「部活」だといえそうです。

それぞれの大学は一目でわかるようにセールにイニシャルや大学のロゴをあしらっている。
Mは明治大学、Wは早稲田大学

 日本におけるヨットレース競技の愛好者の大半を占めているのは、大学ヨット部でヨットレースという競技に出会った人たちです。では、この大学ヨット部というのはいったいどんな組織なんでしょう? 学生ヨット連盟に加盟する大学ヨット部の大半は大学のいわゆる「体育会」に属するクラブです。

海で活動する組織に必然的に生まれたヒエラルキー

 ヨット部が他の競技と最も大きく異なる点は、競技や練習を行う場所が「海」だということ。サッカー部やバスケットボール部などの一般的な球技のクラブであれば、授業の合間の時間を利用して練習することができますが、ヨットの場合はキャンパスから遠く離れた海まで行かなければ練習ができません。最も多くの大学が加盟する関東学連の大学の大半は都内にメインキャンパスを有していますが、大会が開催される相模湾までは50km以上離れています。
 これは関東に限らず、どの地域の大学も同様で、大半の大学ヨット部は週末や夏休みなどの長期休暇を利用して、合宿という形態での活動をメインにしています。通常のスケジュールは、金曜日の夜に合宿所に集合し、土・日曜日に海上で練習を行い、日曜日の練習後に解散するというパターン。長期休暇中は1週間単位の合宿を何度か実施するというパターンが多いようです。

 この合宿生活というものがヨット部特有の文化を醸成してきたといっても過言ではないでしょう。その一つが厳しいとも捉えられる、統制のとれた秩序ある“上下関係”でした。高校の部活動のように顧問となる教師が常に活動を監督するわけではなく、あくまで「大人である大学生が自主的に活動する」という建前で始まった大学のクラブは、活動のほぼ全てを学生たちだけで運営していく必要がありました。このあたりは他の競技のクラブも同様ですが、合宿を主体とするヨット部の場合は、練習時間以外の生活も含めた24時間を、自分たちで管理していくことが求められたため、独特の上下関係が醸成されたという歴史があります。

 某大学のヨット部の記録によれば、戦後直後のクラブでは戦地からの帰還兵も混じり、上下関係もなく喧嘩が絶えなかった状態であったことから、OBの監督が年齢に関係なく学年による上下関係を導入したことで規律あるクラブ運営が実現できた、という記述もあります。
 そういった経緯もあり、かつての大学ヨット部は厳しい上下関係が支配する組織でしたが、21世紀に入ってからは女子部員も増え、先輩/後輩の関係性もかなりフラットなものに変わりました。「これじゃサークルと変わらないじゃないか」と嘆く生粋の体育会系OB諸氏もいるようですが、練習しなければ勝てないという体育会の図式に変わりはなく、練習に取り組む姿勢は真剣そのものです。

西宮で開催された2019年の全日本インカレ。
地元の神戸大学の応援団が駆けつけてハーバーから母校の選手にエールを送った

 合宿という活動形態によって生まれたもう一つの特徴が、他大学との交流です。一般的な大学の体育会では、他大学のクラブとの接点は試合のときに限られますが、多くのヨット部の場合は複数の大学が同じヨットハーバーを拠点にして練習していることもあり、大学間の交流が盛んであるということもヨット部の特徴の一つです。 関東学生選手権が開催される葉山港周辺には慶應、早稲田、明治といった大学ヨット部の合宿所が数軒おきに建ち並び、毎日のように顔を合わせているうちに、インカレサークル(複数の大学の交流を目的にしたサークル)のような繋がりが生まれることもあります。
 また関東と関西のように水域を異にする大学間でも毎年定期戦を行っている大学もあります。1年ごとに開催地とホストを替えて行う定期戦では、大会期間中は相手のクラブの合宿所に寝泊まりするため、部員同士の交流が生まれているようです。

 もちろん、いくら上下関係が緩やかになったとはいえ、他人同士が24時間同じ空間で生活する合宿生活は「濃密」です。その雰囲気が肌に合わず途中でクラブを辞めてしまう部員もいますが、反対に4年間をクラブで過ごした人たちの間には、普通の運動部の同期といった以上の絆が生まれ、卒業後もクラブに対する強い想いを持ち続ける人も少なくありません。
 一般的に大学時代の思い出といえば、キャンパスやその周辺の学生街を中心にした情景となるものですが、ヨット部の部員たちには「海で過ごした4年間」という全く別の情景が思い出の1ページ(人によっては思い出の全ページ)として加えられるのです。潮風香るキャンパスデイズは、ヨット部の学生たちの特権なのです。

大会最終日はハーバーで優勝チームの胴上げが行われるのもインカレの風物詩。
写真は2019年大会のスナイプ級で優勝した京都大学

 余談になりますが北海道大学、東北大学、金沢大学、新潟大学といった、一般的に雪国のイメージのあるエリアにある国立大学が、なぜかヨット部の部員が多く活動も盛んな傾向にあります。冬には海が凍ってしまう北欧の国々でヨットが盛んなことと通底する何かがあるのでしょうか? 海に出られる期間が限られる方が、海に対する訴求力は強くなるのでしょうか? 文化人類学的には面白い研究対象になりそうな気がします。

出場しない部員はハーバーから声援。写真は北海道大学ヨット部。
部旗をはためかせる旗竿は現地の公園や山などで調達した自然木を使うのが伝統らしい

一生の趣味となり得るセーリングという世界への鍵

 ヨット部で4年間を過ごした学生たちの大半は、大学を卒業すると競技から離れてしまいます。高山や盛田のように第一線で競技を続けることのできる人間はほんの一握りです。
 でも、企業社会での立ち振る舞いを身につけ、生活に自分のペースを確立するようになると、再びセーリングの世界に戻ってくる人も少なくありません。それは、前回の記事でご紹介したように、セーリングというスポーツは競技だけでなくクルージングやアドベンチャー、さらにはフィッシングやダイビングなどのアクティビティとコラボレーションさせて遊ぶなど、様々な楽しみ方があるからです。年をとって体力が落ちても、それに相応しいヨットを選び、自分の体力あった楽しみ方で付き合うことができるのがセーリングです。

 大学のヨット部でヨットレースに出会った若者たちは、一生の趣味となり得るセーリングという世界への鍵を手にすることができるのです。

(写真:松本和久)


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