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正義と仁愛の海物語。 【キャビンの棚】

 読者の中には不運にも「118」コールを余儀なくされた方がいるでしょうか。あるいは、港則法の航路を横切るときに、「これで針路は正しいんだっけかな」と周囲をキョロキョロ見回して海上保安庁のボートがいないか確かめたりしたこともあるでしょうか。

 ボート遊びをしていれば、日頃から自ずと陰に陽にお世話になっている海上保安庁。この組織は創設時から「正義仁愛」がモットーです。正義とは海の警察としての、仁愛とは海の消防救急としての精神のこと。そんな海保の内実に触れることができる小説を紹介しましょう。

 タイトルの「海蝶」とは、いわゆる「海猿」の女版、つまり「女性潜水士」の小説内での愛称です。いまだ庁内で唯一の海蝶である愛という名の主人公には、やはり海上保安官である正義という名の父と、同じく仁という名の兄がいるという設定です。警察小説ならぬ海上保安庁小説(プロシーデュラル小説)であり、治安組織としての有機的な連係が描かれます。

 本作は、愛が活躍する『海蝶』シリーズの2作目(前作は文庫化に際して『海蝶 海を護るミューズ』と改題)。ある大事件が勃発して、兄の所属するトッキュー(特殊救難隊)だけでなく、有害物質に対処する機動防除隊、さらにバラクラバ(目出し帽)着用の特殊部隊であるSST(特殊警備隊)まで登場するアクション小説であり、その実、女性作家ならではの情感が加味された恋愛小説というのが今回の本質かもしれません。

 主人公の愛は中学生のとき、東日本大震災の津波に飲み込まれ、本人はかろうじて救助されますが、母を流されてしまったという過去があります。そのとき愛を助けた海上保安官もPTSDに苦しみ…。そのトラウマが折に触れて浮かび上がり、読者の胸騒ぎを誘います。

 ところで、現実の海上保安庁には約1万4000人の職員中、約1000人の女性保安官がいますが、まだ「海蝶」はいません。著者にはほかにも、海上保安学校を舞台にした『海の教場』や、『感染捜査』シリーズなど海保物があるので、あの羅針盤マークの旗の下で働く人たちに興味がある人は、ぜひ。

「海蝶 鎮魂のダイブ」
著者:吉川英梨
発行:講談社
価格:1,870円(税込)

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