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地球上に存在する人類未到の世界 【キャビンの棚】

 海抜8,848メートル。これは地球上で最も高いところといわれるエベレストの頂上の高さです。人類がこの頂上への到達を初めて試みたのが1921年のこと。それからおよそ30年の歳月をかけ、人は初めて、この宇宙に最も近い場所に足で立つことに成功しました。そして今日に至るまでの間、3,000人以上の人がそれに続きました。
 人はさらに高いところを目指し続けます。宇宙です。いまや宇宙飛行士が宇宙へと飛ぶのは当たり前です。自費で宇宙旅行する民間人もいます。

 それに比べると、海の底は人類にとって、とても遠い。
 地球の3分の2は海だということは、多くの人が理解しています。でも、この海のうち、我々が知っているのは、ほんの一部の表面に過ぎません。そもそも、いったいどれほどの水量があるのか。実は地球の表面積のうち4,000~6,000mの深海が8割を占めるているのです。

 現在、地球の最も深い場所は西太平洋のマリアナ海溝で、その最深部は10,983メートルと測定されています。約11キロメートル。たったの11キロです。平面で考えてみると、ちょっと覚悟のいる散歩程度の距離。ちなみに人が生身(スクーバダイビング)で最も深く潜った記録は332メートル。これとて驚異的な記録ですが、10,983メートルには遠く及びません。
 そして、わずか11キロ先の世界は、太陽の光の届かない、尋常ではない水圧が支配する、まさに暗黒の世界です。人類は、いまだそこに足を踏み入れることができないでいるのです。
 驚くべきことに、そこには生物が存在します。静かに生きています。光の届かない場所に存在する、他者に出会うことすらない、孤独を極めた生物です。

 「海に降る」は、そんな深海の調査・研究を目的にした「海洋研究開発機構(JAMSTEC)」という実在の独立行政法人を舞台に、有人潜水調査船「しんかい6500」のパイロットを目指す女性、そして深海に潜む未確認の巨大生物を追う男性が、さまざまな困難を前に夢を実現させていく物語です。
 2015年にはそのJAMSTECの全面協力を得てテレビドラマ化されていてるぐらいですから、ストーリーの面白さは言うまでも無いのですが、なにより、登場人物たちの深海探査にかける熱量に感動します。我々がふだん「好きだ」と考えているものとはまったく異なる「海の世界」が舞台なのですが、やはりJAMSTECで働く登場人物たちには共感してしまいます。
 それにしても、深海の調査・研究は世の中のためになるのでしょうか? 必要なのでしょうか? このことも、この作品のテーマの一つだと思われますが、おそらく海にロマンを求めるような読者ならば、ぼんやりとでも答えが見つかるはず。また、「理屈などいらない。そこに海があるから潜るのだ」という答えがあってもいいかもしれません。

  なお、JAMSTECが所有する「しんかい6500」は、1989年に三陸沖の日本海溝で最大潜航深度6,527mを記録し、この小説が単行本として刊行された時点では世界でもっとも深い海底へ到達した有人潜水調査船でしたが、現在では、1万メートルを超える記録を持つ有人調査船が国外に存在します。

「海に降る」(文庫版)
著者:朱野帰子
出版:幻冬舎文庫
価格:730円(税別)

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