世界で読み継がれる釣り人のバイブル「釣魚大全」 【キャビンの棚】
「釣魚大全」を改めて読み直すと、親しみのある独特の仰々しさを何かで経験したことがある、似たものを読んだことがあるなあ、などと思い巡らせていたら、英国の教職者であり作家であるジョン・バニヤンが著したキリスト教信仰書の古典「天路歴程」でした。戯曲様式の文体は、この2冊にどこかしら通じるものがあります。そうえいば、いずれも17世紀の英国で書かれ、多くの人に読み継がれている古典です。
「釣魚大全」の著者・アイザック・ウォルトンもキリスト教を信仰していました。意識して読んでみると、文中にも聖書の引用が多く見受けられます。ウォルトンが巻頭言に使った「シモン・ペテロが『私は釣りに出かけます』と言うと、彼らは『私たちも一緒に参りましょう』と言った」は、聖書の中のヨハネによる福音書の一節です。
本書の解説によると、著者のウォルトンは、社会的には鉄で財をなした成功者でした。しかし妻や子供を早くに亡くし、家庭には恵まれなかったようです。そうしたなかで、ウォルトンは「釣り」を求め、「釣り」を人生の中心に据えたのでした。
釣りの方法や料理の方法、そして独自の深遠な釣り哲学をユーモアたっぷりに交えて説く古典。そして日本では、この書に大いに影響を受けた井伏鱒二が「川釣り」を著し、本書を絶賛した開高健は「私の釣魚大全」を著しました。「釣り」とは一筋縄ではいかない賢人や文豪を、その前にひざまずかせ、信仰の域までに昇華せしめるのか、なんてことを思わずにいられません。まさに「釣魚大全」は「聖書=バイブル」なのです。
ただし、ここに出てくる「釣り」はすべて淡水、ほぼ鱒釣りの話です。
「完訳 釣魚大全」
アイザック・ウォルトン
訳・解説/森秀人
発行:角川選書
参考価格:¥2200(税込)
※写真の装丁は平成5年の第二十五版
※この記事は過去の「Salty Life」の記事に加筆・修正して掲載しています。