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今年最初の満月は冷たく光り、温かく海を照らした。 【Column- 潮気、のようなもの】

 2025年、最初に満月が夜空に浮かんだのは、1月14日のことです。といってもこの月は13日の午後に月の出、14日の朝に月の入りしました。拙子が海の向こうに姿を現す今年最初の満月を見ようとある場所に向かったのは14日の夜です。肉眼では見分けが付きませんが、正確には満月よりほんの少しだけ下弦気味だったということになるのでしょう。

 月には上弦と下弦がありますが、それを見分けるのに、船乗りの先輩から教わった簡単な覚え方があります。アルファベットのCとDで覚えるのです。Cの形をした月、つまり左側が丸くなっているのは下弦で「しぼむ月=Cぼむ」。新月に向かっていきます。Dは上弦、つまりCとは逆で「出っ張る月=Dっぱる」と覚えます。これは満月へと形を変えていきます。
 少しだけ月に詳しくなりましたね。

 ついでというか、本欄で月について書きたいと思った理由のひとつなんですが、蘊蓄うんちくをもうひとつ。その年の最初の満月、つまり1月の満月を表すのに「ウルフムーン」という呼び方があります。これは北米のインディアンに伝わる呼び方です。1月は狼の繁殖時期に当たり、満月の夜は、狼の遠吠えが頻繁に聞こえることから、そう呼ばれるようになりました。

 初日の出をありがたく拝む方は多いと思いますが、「ウルフムーン」を拝もうなどという人はそうは多くはないでしょう。お月見といえば秋の中秋の名月だし、月が最も大きく見えるスーパームーンだとかは話題になりますが、ウルフムーンを意識して楽しみにしている人のことなんてあまり耳にしません。
 それでも、我々は月を意識したいんです。月を見たいんです。

2025年のウルフムーン

  いうまでもなく、我らが愛する海と月には密接なつながりがあります。そう、潮の干満を引き起こす主要因が月なのです。
 潮の満ち引きは、地球の自転と太陽、そして月の引力がもたらす現象です。月の引力が海面を引っ張り上げるのです。そして、太陽と月と地球が一直線になったとき、つまり満月と新月のときに潮の干満差は最も大きくなる、というわけです。それが大潮です。
 これは釣りや漁業にも影響を及ぼします。潮の干満差が大きいと、それだけ「潮」が動きます。それほど単純な話ではないのですが、一般的にはそういうときほど魚の捕食活動は活発になり、よく釣れるといわれています。せっかくの美しい月を前に、魚釣りを思い出すのも無粋ですかね。

月が照らす海は驚くほど明るい。そして優しい

 さて、ウルフムーンを見に行こうと、月が好きだという妻を誘ったのですが、断られました。そもそもこの女性は、満月よりも上弦、または下弦の七分ぐらいの感じが好きなのだそうです。曰く「それがとっても宇宙っぽい」とのこと。わかるような、わからないような。まあ、時間も時間だし、寒いこともあって、無理強いはしないことにしました。

 この日の東京はよく晴れていましたが、月が陸から顔を出しはじめた時は少し雲がかかっていました。橙っぽく見えます。少し月の位置が高くなると、黄色いまん丸の明るい月となりました。その光が海をとても明るく照らします。月を愛でるにはなかなか厳しい寒さでしたが、少しだけ暖かくなったような気がしました。

 独りぼっちで月夜の海を目の前にした拙子は、イヤホンを耳に当て、このときのために用意した月の音楽をかけ、寒さと少しの心細さを紛らわしました。1曲目はグレン・ミラーの「ムーンライト・セレナーデ」です。これまでそれほど古いと感じたことはないのですが、気づけば、作られてからもう85年が経っているんですね。オリジナル演奏を音源としたCDを聴くと、さすがに古めかしい。でもいいんです。

月といえばグレン・ミラーの「ムーンライト・セレナーデ」。
小野リサは「ムーンライトセレナーデ」以外にもグレン・ミラーの曲を歌っている

 この曲は後に歌詞も付けられて、今も多くのアーティストによって歌われています。拙子はボサノバにアレンジして歌う小野リサさんの「ムーンライト・セレナーデ」が好きです。それとブラスを入れたシカゴ(アメリカのロックバンド)が歌っているやつもかっこ良くて好きです。
 いずれにしろ少し古いものばかりです。悪しからず。

 この日は、寒月かんげつという季語を思い出すような、凍えそうな月夜の下で聴きましたが、夜の海をセーリングしながら「ムーンライト・セレナーデ」を聴くと格別だと思います。月夜の海の上で、追い風で、滑るように、軽くローリング(横揺れ)しながら走るヨットに乗っている自分を想像してみてください。ゆっくりと走るボートでもいいです。フネと手を取り合って優雅にダンスをしているような気分になれます。そして陸で聴いてもそんな海上のイメージが心の中に浮かんできます。
 ただし、この曲の歌詞は、6月の月夜が舞台です。この日は確かに季節外れではありました。

ピアノソナタ14番「月光」はベートーベンが失恋の後に作ったとの説。エヴァンスの「Moon Beams」はともに活動していたドラマーのスコット・ラファロを交通事故で亡くした後の最初のアルバム

 大好きなビル・エヴァンスの「Polka Dots and Moonbeams」は素敵な曲です。これも古いですね。
 ベートーベンのピアノソナタ14番「月光」が名曲であることは言うまでもありません。でもかなりメランコリックな曲です。これを作ったとき、ベートーベンはどのような気持ちで月を見ていたのでしょう。
 そのときの心象によって月の見え方は大きく変わります。これは海と同じだなあ、などと思えます。

 いろいろかっこつけて書いているつもりですが、だいたい3曲も聴けば、充分、というか限界です(笑)。寒空の下、いつまでも月を眺めているのはしんどいです。来年のウルフムーンはどんな気持ちで眺めることになるのでしょう。
 そのときまでにもっと美しく、楽しい曲を選んでおけたらなあ、なんて思ったりします。

翌朝、日の出直前に北西の空に見えた月。飛行機の窓から月はどういう風に見えるのだろう

 なお、元日にウルフムーンを迎えるのは、2029年まで待たなければなりません。除夜の鐘が聴こえるころ、冷たい夜空に満月があるはずです。月の入りは朝の7時頃。初日の出を拝んで後ろを振り返ると、白い満月が沈んでいくといった具合です。元日のうちに北東から再び姿を現すのは17時頃。
 4年後の話しですが、忘れないでいられるでしょうか。いやいや、忘れずに、楽しみにしていてください。

文と写真:田尻鉄男(たじり てつお)
編集・文筆・写真業を営むフリーランス。学生時代に外洋ヨットに出会い、海と付き合うことになった。これまで日本の全都道府県、世界50カ国・地域の水辺を取材。マリンレジャーや漁業など、海とボートに関わる取材、撮影、執筆を行ってきた。



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