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欧州遠征〜バックストーリー 2:髙山大智のフランス・イエール編 【We are Sailing!】

 YAMAHA470チームの欧州遠征第二戦は、南仏のイエールで開催されるフランス・オリンピックウィーク(Semaine Olympique Francaise)。フランスといえば次回2024年パリ大会の開催国ですが、セーリング競技の会場はイエールのヨットハーバーではなく、イエールから西へ約90kmのマルセイユ・マリーナとなります。パリ大会は1924年の第8回大会に続き100年ぶり3回目の開催。ちなみに1900年、1924年とも、セーリング競技はセーヌ川で開催されており、海でのセーリング競技は2024年大会が初めてとなります。
 さて、今回の遠征のレポート担当は、ヘルムスマンの髙山大智。前回、見事な「写真女子」っぷりを発揮して、バリエーション豊富な写真を撮影してくれた盛田冬華を上回る「写真男子」っぷりを見せてくれるのでしょうか?

イエールでは一軒家を借りました。ホテルで人数分の部屋を確保するよりも一人あたりの単価が安く、さらに自炊するので食費も安く上がります。1人1部屋が使える間取りで、LDKとトイレ・シャワーは共有です。長い旅では、お互いに心地の良い環境作りをすることが大切です。私が心掛けたのは、私物を共有スペースに置かないことと、使用した共有物をキチンともとの場所に戻すこと。

 南仏プロヴァンスのイエールは「コート・ダ・ジュール」という呼称の発祥の地として知られるリゾート地ですので、ヨットハーバー周辺にはウィークリーで借りられる一軒家の物件も多く、レースに出場する選手たちは、チームで一軒家を借りるケースが多いようです。
 入口にゴミ箱がありますが、短い期間とはいえ町の住人となるわけですから、ゴミ出しのルールをはじめ、地域の決まり事を把握しておくことは大切です。日本人のマナーは概ね良好なようで、物件を斡旋する不動産屋にも日本人の印象はいいようです。
 髙山が心掛けたのは、共有スペースに私物を置かないということのようですが、これは裏を返せば、共有スペースに私物を置かれることが髙山にとってストレスになるということでしょうか。

借りた一軒家からマリーナまでの距離が約3km。マリーナの駐車場は限られていて、多くの場合は路上駐車となるのですが、それも満車で停められない日もあるので、盛田と私はそれぞれ自転車を買うことにしました。当初は3km程度の移動なのでお手頃価格のクロスバイクを物色していたのですが、コーチの鈴木さんに『乗り物を扱うセーラーならモノにこだわれ』というニュアンスのアドバイスに従い、いいコンポーネントがついていて、なおかつ自分の好きなホワイトのロードレーサーを買うことにしました。当初の予算のなんと4倍の買い物です。いい買い物だったと信じていますが、予定外の支出に円安が重なり、ちょっと不運な気持ちにもなりました。

 世界最大のロードレース「ツール・ド・フランス」の国を走るんですから、ここはやっぱりロードレーサーですよね。選んだバイクはドイツ製のcube。1993年に創業した、ヨーロッパでは比較的新しいメーカーです。モデルは見たところATTAINのGTCRのようです。フルカーボンのフレームに、シマノの105がコンポーネントされた本格レーサー。さすがヨットレーサー・髙山の選択です。
 セーリングの選手の間では、トレーニングにロードレーサーを取り入れる選手も多く、本格的なサイクルコンピューターと心拍計を使って、心肺機能の強化と筋持久力の向上を図っている選手も少なくありません。

早速、買ったばかりのロードレーサーでイエールの町をポタリングしました。ヨーロッパでは自転車専用の道が整備されていることが多く、すぐ脇をクルマが走り抜けるような恐怖を感じることなく、サイクリングに専念することができます。その途中で、今回出場しているレガッタの大きな看板を見つけました。町全体で歓迎されている雰囲気を感じることができました。

 自転車の三大レースといわれるグランツール(ジロ・デ・イタリア、ツール・ド・フランス、ブエルタ・ア・エスパーニャ)が毎年行われるヨーロッパは自転車天国。写真のような自転車専用道が整備されていない場所でも、車道における自転車の市民権が認められているような雰囲気で、自動車が自転車に対して煽り運転をするようなこともありません。
 毎年4月の下旬に開催されるフランス・オリンピックウィークは、イエールの町の風物詩。町中にこうした看板が立っていて、今年もヨットレースの季節になったんだなあという雰囲気になります。

レースが終わったら、屋根付きのトレーラーにボートを積み、その屋根に470級を載せます。その際、ボートの中に積載する荷物です。まだボートを水揚げしていないのに? と思われるかもしれませんが、私たちセーラーは形式張った手順を踏みません。目的はあくまで「いかにして帰る準備を正確かつ素早く行うか」であって、その目的を達成するために最も合理的な方法を、その時の状況に合わせて柔軟に行います。ヨットレースはマークを回る順番は決められていますが、そのために走るコースは選手が自由に選択できるという競技です。そんな競技の特性が影響しているのか、セーラーたちの発想は柔軟です。

 スポーツ人類学ともいうべき髙山の考察です! 競技の特性が肉体の形状に影響を与えるように、精神構造にも影響を与えているのではないかという、文化人類学的な極めてアカデミックな発想ではありませんか。さすが大学でスポーツ科学を専攻しただけのことはあります。

レースは決勝に進めず。まさかのグループBへ

 オリンピックウィークでの髙山と盛田のレースは、序盤の予選シリーズで調子を上げることができず、まさかのグループB落ちという結果。グループBに入ってからのレースでは意地を見せて、グループBトップにはなったものの最終成績は27位でした。

 緒戦となったプリンセスソフィア杯はチームにとって初めての国際レースでしたが、これまで学んできたことをある程度発揮でき、次につなげられる良い時間になったと思います。そこで浮かび上がった課題は、強風でのボートスピードと様々なリスクをどうやって回避していくかということでした。反対に、自分たちが思っていた以上に実現できたこととして、フレッシュな風をとらえて走る能力や、相手との位置関係の中で有利な方を選択する戦術などがありました。

 第二戦となるイエールでは、浮かび上がった課題の克服と、自分たちの強みをさらにブラッシュアップさせることを目標にのぞみました。大会初日はそこそこうまくいきましたが、各艇のボートスピードに差が生じづらく密集した状態となる軽風下で、考え過ぎるあまりに判断が遅れたことでリズムが掴めず、前回のレガッタでできたことすらできなくなってしまい、順位を落としてしまいました。その結果、精神的にも余裕がなくなってリコール(フライング)をおかすなどミスが重なってしまったことで予選落ちを喫してしまいました。
 反省としては、たくさんある課題を一度にこなそうとするあまり、頭でっかちになってパンクしてしまったことが最大の敗因だと思います。

 ただ、様々な課題にチャレンジしたことで確実に引き出しが増えているという実感はあります。今回克服できなかった課題についても、次の機会には違った角度からアプローチすることで克服を目指します。

 成績だけをみると全くうまくいっていないように見えますが、チームは着実に前に進んでいる実感はあります。失敗を繰り返すことで、私たちはどんどんと強くなっています。今回の大会は張り切りすぎて空回りした大会、というのが率直な印象です。でも、大きくジャンプするために姿勢を低くして力を貯めている時期であると、自分自身では捉えています。
(髙山大智)

 一方、クルーの盛田冬華は以下のように今回のレースをとらえました。

 今回のレガッタでの収穫は、ダウンウィンドでは他の選手に引けを取らないことが確信できたこと。あと、コース戦略において自分の特性が把握できたこと。自分は保守的なコース戦略をとりがちであるという自覚のもと、その特性を生かしつつ、ベストなコース選択ができるように考えていく道筋が見えてきました。
 レースは練習と違って、やったことがリザルトとなって出てくるので、成績が悪いとできていないことばかりに目が行ってしまい、できていることや向上している部分に目が行かなくなってしまう。また、結果が悪いとヘルムスマンとのコミュニケーションもちぐはぐになって、チームの雰囲気も悪くなってしまう。こういうときには、コーチなどの他者の評価を積極的に取り入れていくことで、精神的な安定に繋がるような気がします。
 技術面では前回のプリンセスソフィア杯から時間が経っていないこともあって、すぐにアウトプットできるものはありませんでしたが、レース戦略やボートスピードの改善などにある程度の目処が立ったのは収穫でした。
 レガッタの「成績」という結果はついてきませんでしたが、自分の考え方のクセも自覚でき、この後どのように試行錯誤していけばいいかが見えてきたので、ポジティブな心理状態でレガッタを終えることはできました。
(盛田冬華)

 競技スポーツに挑む以上、結果が気になるのは当たり前です。結果が全ての世界であることも事実です。しかし、彼らが求めている結果は、国内最終選考と、その先にあるパリ大会です。目の前の結果に一喜一憂することなく、結果は結果として受け止め、最後の目標に向けて力を蓄えつつある実感を感じさせる二人の言葉からは、今回の欧州遠征が収穫の多いものだったことが伝わってきます。

文・松本和久 タイトル&レース写真・平井淳一



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