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「潮気、のようなもの」について考えてみた。【Column- 潮気、のようなもの。】

 わたくし田尻は、大学時代はヨットに乗ってばかりいました。多くの人は、大学のヨット部というとオリンピック競技でも知られる470級やスナイプ級といったセーリングディンギーを思い浮かべると思います。でも、私が乗っていたのはセーリングクルーザーと呼ばれる大型(といっても27フィート)の、キャビン(居住空間)のついたヨットでした。当時の部の雰囲気としては「レースで他艇よりいかに早く走るか」といったことよりも、学生という身分の間に「どこまで遠くに行けるか、どれほど多くの港に入ることができるか」を誇るようなところがあって、大学生活4年の間に、地元の相模湾、伊豆七島、さらには四国一周、九州一周、沖縄本島まで、航跡を延ばし、なんだかいっちょ前な船乗りになったような気になっていました。
 かくして私の海にまつわる経験のほとんどはヨットに基軸を置くものですが、フネを港から出し、沖を安全に走り、次の港に入り、そして母港に戻る─、これらの過程においてなすべき基本は、ボートと変わることはありません。

船乗りの「三大精神」は時代錯誤か。

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 さて、60年近く続く、歴史あるわがヨット部ではありますが、いま現在、部員数の激減という事態に直面し、OBたちは慌てふためいています。コロナ禍で新入部員の勧誘活動もままならぬ中、何とか1名の部員を確保し、首の皮一枚で部の存続が大学当局から許可されたところ。「形あるものに永遠はない」と常々に心に刻みつけてはいても、いざ消滅の危機を目の前にすると寂しいものです。OB氏たちは忙しい仕事の合間を縫っては時間を作り、会合を開き、策を練り、部の消滅だけは避けたいと汗を流してきました。
 そこまでしてなぜヨット部を残したいのか。OB氏たちの会合の最中、顰蹙(ひんしゅく)を買うのを覚悟で問うてみたことがあります。OB氏たちの代表的な答えは「みんなそれぞれが海を通して素晴らしい体験をしてきた。それを絶やさず、若い者たちにも体験して欲しい」というところでした。私も異論はありません。言うなれば、「潮気」の継承といったところでしょうか。
 このヨット部のホームページを開くと、そこには「ヨット部の三大精神」なる項目があって次のように書かれています。

一. 出船の精神
二. 潮気の精神
三. 五分前の精神

 誰が最初にこれを掲げたのか知る由もありませんが、おそらく60年前から変わらずに掲げられてきた訓示だと思われます。
 これら三箇条のうち、「出船の精神」は常に出港できるよう、フネの準備はもちろんのこと人身の準備を常に怠りなくしておくこと。基本的に航海を終えて入港する際には、フネはすでに出港できる状態にされているのが基本です。
 「五分前の精神」はなにごとも5分前にはすべて準備をすませておくという訓示です。「明日の早朝5時に出港」という船長の指示は、5時に集合という意味ではなく、5時に舫いを解くという意味です。出港が遅れれば、目的地への到着だって遅れます。ボートやヨットで遊ぶとき、この二箇条は、多くの人がなんとなくではあっても実践できていると思います。
 実はこの二箇条は日本に海軍が存在していた時代に生まれたものというのが巷の定説です。そして、これは現在の海上自衛隊にも引き継がれていると聞きます。いずれもその意味はわかりやすいですよね。ところが「潮気の精神」はどうでしょう。わかりにくい。そもそも言葉の定義が曖昧です。
 それでも海とフネに接する人たちは、いろいろな場面で「潮気」という言葉を使います。いったい「潮気」とはなにか。

なんだか曖昧だけど、大切したい「潮気」の精神

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 「潮気」は英語で「Salt」と表現されます。老練な水夫然としたカッコいい老人を指して「Old Salt」と言ったりもします。ある国語辞典では「海上の水気。海水による湿り気。また、潮の気配やにおい。」とありました。 日本の船乗りの間では、主に後者を指して使われることが多いようです。それらをまとめてみると「所作や立ち居振る舞いに、その存在に、海で身についた知識や見識がにじみ出ている様子」、そんなニュアンスで使っていることが伺えます。 そして海とフネが好きな多くの人たちは「潮気」のある人物を目指し、もし人からそう言われたら「最高の褒め言葉」として受け取ります。
 ある日、マリーナでボーっとしているときに、入港してきたフネがありました。着岸するときに少し離れたところで自艇(ヨット)の整備をしていたオーナーらしきセーラーが手を休め、フネを下り、入港してきたボートの舫いロープを桟橋で受け取り繋ぎ止めるという光景をみかけました。「潮気」のある人だな、と思いました。ブルーウォーター派のセーラーやボーターからしたら当たり前のこんな所作が、実は最近はあまり見られなくなったような気がします。

 ここまで書いても「潮気」の意味はよくわからないままですね。このマガジンのタイトルにつけられた「潮気、のようなもの」。そんなに大それた話ではなくていいから、とにかく「海やフネが好きな人と共感できる」ことがお題のコーナーです。これからも、海で見たり聞いたりしたこと、いろいろなことを書いていこうと思います。

※写真はいずれもイメージです。
※この記事は「Salty Life」200号の記事に加筆、修正して掲載しています。

田尻 鉄男(たじり てつお)
学生時代に外洋ヨットに出会い、本格的に海と付き合うことになった。これまで日本の全都道府県、世界50カ国・地域の水辺を取材。マリンレジャーや漁業など、海に関わる取材、撮影、執筆を行ってきた。東京生まれ。


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