上対馬の紅王。 サクランボ……ではなくアマダイです。【ニッポンの魚獲り】
玄界灘の沖合に浮かぶ、国境の島・対馬(長崎県)。暖流・対馬海流が通るこの周辺海域は、好漁場が多く、様々な漁業が行われています。アマダイの延縄漁もそのひとつ。シーズン中のこの漁場には、福岡など九州本土からも漁船がやってきて、アマダイを狙います。
もちろん地元となる対馬でもアマダイの延縄漁を行っています。
対馬の北部・上対馬で漁獲されるアマダイは、“紅王”の名が付けられたブランド魚として流通しています。
アマダイの旬は秋から冬にかけてというのが一般的ですが、海底にアミエビが湧く2~4月は釣れにくくなりますが、その3ヶ月間を除いては漁獲があるのでアマダイを専門としている従事者も少なくありません。上対馬の〈優漁丸〉で漁をする永尾純一さんもその一人。
午前3時半、〈優漁丸〉は上対馬の泉漁港を出港して漁場へ向かいます。
最初の縄入れは日の出の直前。まずは全体の半分となる21鉢分を仕掛けて漁場の反応を見ます。ひと縄(1鉢)の長さは500メートルあり、これにイカの切り身を餌とする90本の針と10個の錘針が付きます。この日は1回の仕掛けで21針分を1時間弱で一気に投入し、その後3時間かけて引き揚げました。
「だいたい島から10マイル前後の沖で、水深も80から120メートルぐらいの場所が漁場になります。潮回りを見て場所を決めますが、あとは勘みたいなものですよ」(永尾さん)
朝の1回分の漁を終えたのは、すっかり朝日が昇りきった午前9時。ここで休憩を取り食事を終えると、すぐさま2回目の縄を入れるために船を走らせます。
紅王はサイズによって豆、小甘、中甘、大甘、特甘、と5段階の呼び名で分けられますが、1キロ以上の特甘と呼ばれる大物を狙うのがこの漁の醍醐味でもあります。
「普通の魚だと大きくなればなるほど大味っていわれるんだけど、アマダイの場合はそれが当てはまらない。だから漁は少なくても、大きい型を揃えた方がいいという考え方もあります」
その言葉通り、1回目よりも量は減ったものの、良形のアマダイやレンコダイが揚がってきます。そして漁も最後というところで、2キロ近いアマダイが揚がってきました。
「もう少し釣れるかと思ったけど、でも最後まで粘ったかいがあったね」
永尾さんに安堵の表情が表れ、そして獲れた魚を手際よく氷で締めて港へと戻ります。
港では永尾さんと父親・栄久さんの2隻分の水揚げ作業を行うと、ようやく1日の仕事が終わります。
「毎日同じ作業だから飽きないって言えば嘘に聞こえるかも知れないけど、漁は思い通りにできることが少ないし、それだからこそやりがいもある。祖父も、父も、みんな沖に出て飯を食ってきたことを思えば、自分の仕事場はここだよなって、ようやく思えるようになってきました」
紅王の主要出荷先は京都や大阪で、その食文化を彩ります。優漁丸の船上で手際よく作業を続ける永尾さんには、その紅王を釣り上げる漁師としての自覚と意気込みが溢れています。