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北国出身の 波乗りが選んだ気象予報士という仕事 【Column- 潮気、のようなもの。】

午前3時半からはじまる1日

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 唐澤敏哉さんは、サーフィンをはじめ、釣りやセーリングなどのマリンレジャー愛好者に向けた気象予報サービスを提供している「サーフレジェンド」に在籍している。サーフレジェンドを知らずとも、マリンファンならば「波伝説」や「海快晴」といった気象情報サービスの名は耳にしたことがあるだろう。唐澤さんはその気象予報士の一人である。マリンレジャーの普及を目指す、任意団体のメンバーでもあり、今でこそリモート会議に成り代わったが、1年程前まで、月に一度のペースで開かれていた定例の会議と、その後に決まって設けていた酒席で唐澤さんに会うのを筆者はいつも楽しみにしていた。

 二次会では、マリンレジャーの普及とはかけ離れた他愛のない話ばかりになるのだけれど、唐澤さんの話題の引き出しの豊富さはなかなか見事なのだ。映画にも造詣が深く、また、その対象は広く、特に「男はつらいよ」の寅さん談義に花を咲かせるのが筆者は好きだった。

 「実は、定例会の次の日の朝が、けっこうつらくてですね」
 久しぶりに会った唐澤さんは、笑いながらそんな告白をしてくれた。酒を飲みながらの語り合いとなれば、いつも終電ぎりぎりまで付き合ってくれる人なのだ。
 「仕事のある日の起床時間は朝の3時半です。それから自転車でオフィスに出勤します。4時にはデスクで仕事を始めていますね」 
 夜が明ける前から海岸線を車で走り、波の状況を目視でチェックするスタッフもいる。その情報を朝のうちにとりまとめて分析し、サーファーたちにネットを通して提供する。そのようにして、唐澤さんの気象予報士としての一日が始まる。

沖縄の海で出会ったサーフィン

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 サーフィンに出会ってからは32年目になる。
 北海道滝川市出身、札幌育ちの唐澤さんは、幼少の頃から海に親しんでいた。
「意外に思われるかもしれませんが、北海道は全国でも最も海水浴が多いところなんですよ。札幌にしても小樽の海が近いし、子どもの頃から海は好きで、よく遊びに行ってました」

 そんな北海道育ちの海好きが、高校卒業後の進路に選んだのが、沖縄県の国立琉球大学の理学部海洋自然科学科だった。琉球大学を選んだ理由は少々過激なところもあるので詳細は省くが、極めて単純化するのなら、「どうせなら遠くに行って、海のことを学んでやろう」というところだ。そして琉球大では、珊瑚が自身を守るために分泌する毒性の物質を薬剤に利用できないか、そんな研究をしていた。そして「せっかく沖縄まで来たのだから海を大いに楽しもう」と、サーフィン部に所属して波乗りの魅力に嵌まった。

 「沖縄の海は、多くが珊瑚礁に囲まれていて、その沖にたつ波でサーフィンをするんですよ。そのせいで、体には生傷が絶えませんでした」と当時を懐かしむ。
 卒業後は北海道に帰り製薬会社に勤務。3年後に気象予報士の資格を取得。道内の気象予報サービスの会社勤務を経て、現在の職場であるサーフレジェンドに出会った。27年の歳月が経った。

自分がサーフィンを楽しむために波を予測している

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 辻堂の海岸のすぐ側にあるサーフレジェンドのオフィスを訪問した。エントランスで最初に目にするのは、廊下の両脇にずらりと並ぶサーフボードである。社員たちのボードだ。その突き当たりには扉が開いたままのシャワールームがあった。
 「いい波がたつと、みんな海に行っちゃうんですよ」
 唐澤さんを知る前に筆者と付き合いのあった同社の経理担当が、半ば呆れ、嘆き、それでも面白おかしく話していたことを思い出した。
 「朝4時から仕事始めて、途中、休憩時間がもらえるので、いい波があるときは目の前の海に出かけていって、サーフィンしています。午後4時には仕事が終わりますが、その後もサーフィンです。自分がサーフィンを楽しむために波の予報をしているようなものですね。予想通りにいい波が来て、それに乗ったときは最高の気分です。周りで楽しんでいるサーファーたちにも“ほら、言った通りだろ?最高だろ?”と声をかけたくなる。この仕事を続けてきて良かったと思えるひと時です」

 巷では「好きなことを仕事にすべきではない」といわれることがある。でも、本当だろうか。オンとオフの区切りが曖昧、といってしまうと語弊があるかもしれないが、好きなことのために仕事をしている唐澤さんをはじめとするサーフレジェンドのスタッフたちは、きっといつも、いきいきとしているのだろうと想像できる。
 「面白くないことだってありますよ。オフの時に明日の天気はどうなる?とか聞かれたりするとムっとしますね。歌手がプライベートの場で人から“歌ってみろ”といわれるのに似ているかもしれない。天気予報も見たくないですね。テレビのキャスターが自分の見落としていたことを解説していたりすると、落ち込みます。それと自分の奥さんから“今日は晴れると言うから洗濯したのに雨が降ってきたじゃない”なんて言われるときも、かなりつらいです(笑)」

 サーフィンは、まず波がなければ何にもできない。そして同じ波は二度とやってこない。
 「自然の力を借りようとする以上、自分の力ではどうすることもできない遊びなんですよね。だからいつまでも飽きることがない、飽きさせてくれないんです」
 サーフィンに限ったことではない。海に出て行く者、すべてが同じように考えているはずだ。

文と写真:田尻 鉄男(たじり てつお)
学生時代に外洋ヨットに出会い、本格的に海と付き合うことになった。これまで日本の全都道府県、世界50カ国・地域の水辺を取材。マリンレジャーや漁業など、海に関わる取材、撮影、執筆を行ってきた。東京生まれ。

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