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「灯台」は愛されるべき存在なんです。 【Column- 潮気、のようなもの】

 もちろん灯台の存在は子どもの頃から知っていた。でも、その頃は、灯台の果たす役割について、真面目に考えたことなどなかった。
 とても古いアニメに灯台の記憶が残っている。アニメはコンパクト(鏡)を使って何にでも変身できる女の子が主人公で、そのお父さんは豪華客船の船長さんであった。そしてお父さんの船が台風で遭難しそうになる。灯台は台風で破壊されてしまった。主人公は鏡の力を使ってお父さんを助けようとする。最終回であったと思う。おぼろげな記憶だが、灯台の光が海を照らすアニメの映像を覚えている。

 当時から灯台に関する知識なんてものは、まったくと言っていいほどでたらめで、件のアニメの印象もあって、真っ暗な海を明るく照らす、道路における街灯のような役割だと思い込んでいた(灯台ではないが、岩礁帯や底に立を標識を照らす照射灯は実際に存在する)。
 
 灯台は海を象徴するアイコンとして普及している。海っぽい、潮っぽい。そんな存在だ。それでも灯台とは、船が自船の位置を知るために存在しているのだと知ったのは、遠くの港を目指して夜の海を航行し、実際に灯台の灯のお世話になってからのことであった。

オーストラリアのクイーンズランド州の田舎町にあった灯台。
現役ではなくモニュメントとして遺され労われている


とはいえ、灯台には苦い思い出もある

 初めて夜の海を航海したのは40年のも昔のことである。今のようにGPSで位置情報を受信し、それを海図とともにスクリーンに映し出すようなシステムが一般的でなかったときの「灯台」は、夜間航行を行うプレジャーボートやヨット乗りにとって命綱であり、その光の存在は安堵をもたらすものであったのだ。
 三点方位法による自船位置の把握はボート免許の試験にも出るし、多くの人がご存じだと思う。ところが、夜間は陸の目標物が視認できない。だから夜間航行時は様々な方法で、目標物を探し出す。その一つが灯台なのである。

 GPSが普及していなかった当時に活躍した機器の一つに「無線方位測定器」がある。ディレクションファインダーという英語の頭文字を取って「DF(ディーエフ)」と呼んでいた。これは海上保安庁が運用していた無線方位信号所(灯台に併設されていた)が放送する電波を受信して、自船の位置を求める方法である。私が触れてたDFは、デコレーションケーキの箱ほどの大きさの四角い機器の上に、ダイヤル式の指向性アンテナが付いているレトロな雰囲気のラジオで、そのアンテナを手で回しながら、出力の強弱、つまり最も明瞭に聞こえるポイントを探しだし、発信元である灯台の方角を求めるのである。

 肉眼で灯台が発する光が見える場合は、そこにハンドベアリングコンパスを向けて方位を求めた。暗闇の中でもその灯台の光がどこに建っているのか知ることができるのは、それぞれの灯台が発する光の色やパターンが異なるからである。その光のパターンを灯質と呼ぶ。
 海好きのオジさんがカラオケでときどき歌う、加山雄三の「光進丸」の歌詞にもでてくる「み〜こもと、いろう、えんしゅうこえて」の「神子元島灯台」の灯質は「群閃白光、16秒毎に2閃光」である。チャート(海図)には「Gp Fl w (2) 16sec」と記されているはずだ。グループフラッシュ、ホワイト、2回、16秒。つまり16秒おきに白色の光がパッパッと2回光る。

 船の上から島は見えなくとも、光の色や光が発せられる回数、その間隔を「いち、に、さん…」と数えて「ああ、あの方向に神子元島があるんだな」と、暗闇の中でも伊豆半島沖有数の難所の位置を確認できるわけである。 さらに他の灯台、またDFを使用して3カ所、または2カ所、の方位を求め、海図上に定規と鉛筆を使って線を引く。その3本の線が交差しているポイントが自船位置ということになる。そこで走る方角を修正したりしていた。

 ものは言い様で、なかなかロマンティックであるけれど、実際にはロマンとはかけ離れた作業を強いられていた。デッキの上でスプレーを浴びながら、波間に浮かんだり消えたりする小さな光に向けて必死にハンドベアリングコンパスをかざし、さらに揺れる狭いキャビンの中でDFのアンテナをくるくるといじくり回し、海図上に三角定規を当てて方位を求める作業はたいそう苦痛であり、できるならばそんな作業は避けたいと願っていた。実際に、ほかのクルーがそれをすることになるようにと、私自身はキャビンに据え付けられたのチャートテーブルにはなるべく近づかないようにしていた。

 だから、正確なGPSの急速な普及は、DF時代を知るクルージングファンからみると夢のようなできごとのひとつなのだ。
 その反面、灯台の本来の有り難みを知っている、存在に対して特別な感情を抱けることは特権のような気もして、こうして若い者たちに向かって自慢めいた話をついついしてしまうこととなる。

フィンランド・ヘルシンキ周辺に浮かぶ小島に見つけた灯台。
小屋が隣に建つ、北欧でよく見かけるタイプ
同国のボートのカタログで見たことがあるので、有名で愛されている灯台に違いない

陸から見る灯台も美しい

 若い頃は陸から灯台を目指すことなどほとんど無かったが、今は出張のついでに灯台を見に行くことがある。マニアってほどではないが、灯台のことはやはり好きなのだ。うん、愛している。
 タイトルの写真は南国・石垣島の最北端の建つ平久保埼灯台。美しい南国の海にあって、それは美しい。そして、平久保埼に限らず、灯台というものは海からよく見えるところに建っているわけだから、逆に灯台から見渡す海の景色はなかなか素晴らしく、気持ちが良いことが多い。
 また、さまざまな造形を持つ灯台に出会うたび、その美しさにうっとりしてしまう。そして、灯台に見とれながらも、真っ暗な夜の海で見つける灯台の小さな光のことを思い出したりもする。この灯台を沖から見つけ、自船の位置を知って安堵し、時には危険を察知して進路を変えていた船乗りたちをイメージする。そして愛情が芽生える。

ニューカレドニアのアメデー灯台。のっぽだ。
高さ56mは、灯台単体の高さとして世界でもトップクラス
ユーラシア大陸の最西端であるポルトガルのロカ岬に建つ灯台。
大航海時代の後、1722年より点灯している

 灯台が人気のようで「灯台女子」なる言葉まで耳にする。これもずいぶんと前の話だが、不動まゆうさんという灯台女子にお会いしてお話しを聞いたことがある。不動さんが初めて灯台を気になる存在として認めたのは、東京灯標だったらしい。私も東京灯標が大好きだったのでその話に喜んだ(東京灯標はいまは取り壊されしまっている)。
 著書を読んで、また実際にお話を聞いていると、不動さんは知識が豊富でお話しも面白い。そればかりか、灯台の今後についても深く心配されたりしていて、灯台への愛の深さに感動してしまった。

 灯台が女性にモテモテなのは私としても嬉しい。実力はあるのになかなか芽の出ないファームの選手を応援している希有なプロ野球ファンが、同士を見つけた時の気持ちに少し似ている。

文と写真:田尻鉄男(たじり てつお)
学生時代に外洋ヨットに出会い、海と付き合うことになった。これまで日本の全都道府県、世界50カ国・地域の水辺を取材。マリンレジャーや漁業など、海に関わる取材、撮影、執筆を行ってきた。

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