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同じ海の仲間として応援したくなります。 【キャビンの棚】

 海上自衛隊第71航空隊(岩国基地)に所属する救難飛行艇「US-2」は昨年、いったんは生産打ち切りが決まったのですが、今年になって一転復活、生産の継続が決まりました。世界でもまれな性能が考慮されたのでしょう。本書はその8年にわたった開発を追ったドキュメンタリー漫画です。登場する組織は実名、人物は仮名です。

 巻頭。

 2013年6月、宮城県沖1200km。雨が降りしきる中、ライフラフト(救命いかだ)で漂う2人の男性。かなり消耗しています。そこへゴオオオオオオオと舞い降りるUS-2。風速16〜18m/s、波高3mの海面へ着水し、インフレータブルボートで救助へ向かうまでのようすがプロローグとして描かれます。

 本欄の読者ならもうお気づきでしょう。岩本光弘さんと辛坊治郎さんのブラインドセーリングプロジェクトでの遭難がモデルになっています。作中では、2人がなぜ漂流しているのかは描かれません。ただ、この救助のようすは第4巻の最終盤でもう一度取り上げられ、救助された男性が言います。

 「この国の国民でよかった」

 これは救助された後の辛坊さんの厚木基地での会見の言葉ですね。

 それでは、US-2と、それだけでなく飛行艇についても簡単におさらいしておきましょう。

 2021年まで瀬戸内海の尾道を拠点に、海上からテイクオフ(離水)して遊覧飛行する観光用の小型機が運航されていました。アニメーターの宮崎駿監督がデザインした塗装を施すなど話題になりましたが、残念ながらコロナ禍で撤退を余儀なくされてしまいました。あの機体は、通常の小型機にフロートを履かせて水に浮くようにした水上飛行機(シープレーン)です。

 それに対して、飛行艇とは英語でフライングボート、文字通り、空飛ぶフネ。胴体にはキールがあり、スプレーストリップ(船首部の水捌きを良くする構造物)があり、すなわちハル=船体になっているんです。

 宮崎アニメ『紅の豚』で言えば、主人公ポルコが乗る赤いサボイアが飛行艇、敵役の紺のカーチスが水上飛行機です。

 海上自衛隊の飛行艇の沿革は、対潜哨戒機として開発されたPS-1、その後継で救難に特化した水陸両用のUS-1、さらに高出力エンジンに換装したUS-1A、そしてUS-2です。

 その特徴は、

 ①キャビンが与圧され9000mの高空を飛べるため、荒天時でも直線的に救助地点へ向かうことができます。

 ②4700kmの航続距離とは、2000km先へ行って2時間活動し、帰ってくることができる足の長さを意味します。

 ③波高が3mでも離着水ができる耐波性があります。それに必要な距離はたった300mていどのSTOL機です。内蔵された5番目のエンジンが圧縮した空気を翼面(フラップ)上に吹き出すことで高揚力を得ているからです。言ってみれば、ヨットのセールに扇風機の風を吹き付けて揚力を得るみたいなもんです。ちょっと違うんですけど(笑)。まあそれで、非常な低速(50Kn≒時速90km)でアプローチできるのです。

 以上はすべて世界一のスペックなんです。そして、このスペックがあって初めて、冒頭の2人を救助することができたと言えます。沖合1200kmは、ヘリコプターでは届かない、巡視船では1昼夜以上の時間がかかりますからね。

 開発ではさらに、操縦はFBY(フライ・バイ・ワイヤー)によってコンピューターに支援され、パイロットの負担が大幅に軽減しました。

 本書には、1990年代にこれらの開発を担った新明和工業を主契約メーカーとする民間と官側の現場の人々の、飛行艇に対する熱い思いがほとばしっています。

 以前、東京の船の科学館の前庭に展示されていた戦前の名飛行艇「二式大艇」を覚えていますか。今は海上自衛隊の鹿屋基地に移されて野外展示されていますが、新明和工業は、二式大艇を手掛けた川西航空機の後身企業です。その大艇の主任設計者であった菊原静雄氏がPS-1の開発設計者でもあり、US-2の草葉の陰のプロデューサーと言ってもいいでしょう。

 試作機ロールアウトから21年、正式配備から17年が経ちました。とりあえず生産打ち切りの危機を乗り切ったところですが、新明和のホームページを見ると、〈広がる「US-2」の可能性〉として、大規模な改造で民間型式証明を取得して旅客飛行艇する構想などが提案されていました。同じ海の仲間として発展を期待したいところです。

 蛇足。

 そう言えば、アメリカズカップ艇なども今や、空を飛んでいますね(笑)。

「US-2 救難飛行艇開発物語」全4巻
著者:月島冬二
発行:小学館
価格:各897円(税込)

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