座右に置きたい「心の海ガイド」 【キャビンの棚】
とある遊園地に海賊船を模した遊覧船があって、その船長さんは、なんとモデルさんかと思われる見目麗しい若い女性でした。4本線の肩章が付いた真っ白い船長服に身を包み、操舵室では背筋を伸ばしてラットを握り「よーそろー」とは言いませんでしたが、周囲の安全確認をする際には、かかとを浮かしてつま先立ちする所作がなんとも健気に見えました。
といっても、その遊覧船は大柄ながら総トン数19トン以下にあつらえた、ディーゼルエンジンで動く実際の船です。船長はもちろん小型船舶操縦免許が必要です。
ちょっと話を伺ってみたところ、子どもの頃に家族で客船に乗ってから船の仕事にあこがれ、船員養成課程のある高校を卒業後、今の仕事に就いたとのこと。おそらく高校卒業時点で5級海技士免許の筆記試験免除を得ているはずですから、この遊覧船で3年以上の運航経験を積めば5級免許を取得し、夢へ向けて、大きな本船へ羽ばたくつもりなのでしょう。
さて、今回紹介する本は、版元である鎌倉市のローカル出版社「かまくら春秋社」の経営者、伊藤玄二郎さんが企画編集しました。その動機は「はじめに」にあります。
全日本海員組合も編集に協力しているとのことで、本書の末尾には、海洋高校や高専の紹介もあったりして、題名に違わず、若い人たちを船や海の仕事に誘う意図もあるんでしょう。
しかし、評者に言わせると、伊藤さんは「海」に関する「雑誌」を単行本としてつくったのではないかしら。冒頭、谷川俊太郎さんが詩を寄せ、続くエッセイでは、加山雄三さん、石原慎太郎さんらが海への思いを語ります。この”鉄板”なお二人だけでなく、意外な有名人たちも海への思いを吐露しています。漫画家のちばてつやさん、元ニュースキャスターの宮崎緑さん、噺家の林家木久扇さん、女優の室井滋さん、タレントの石塚英彦さん…。
「海の講座」の章では、海と船の歴史、海と文学、海と名画などが紹介されます。「海の偉人伝」として天正遣欧少年使節や大黒屋光太夫、榎本武揚、ジョン万次郎が取り上げられています。
これから海に向かう若い人たちだけでなく、すでに海と遊んでいるわたしたちにとっても”今さら聞けない”基礎知識を含め、座右に置きたい「心の海ガイド」にまとめています。
だから、冒頭の若い女性船長さん、すでに船と海の仕事に漕ぎ出していますから、後先になってはしまいますが、それでもぜひ、この本の存在を教えてあげたいと思ったのでした。