四川風の煮魚に大満足した“幻”の素材の正体 【船厨- レシピ】
日本の家庭で作られる「中華」というと、とかく肉を使った料理が中心となります。ポピュラーなものでは青椒肉絲、回鍋肉、咕咾肉(酢豚)、棒々鶏、麻婆豆腐。今や日本を代表する家庭料理と言っても過言ではない餃子も主役は肉です。一方、ふだん食する海産物を使った中華料理は、干焼蝦仁(エビのチリソース炒め)ぐらいしか思い浮かびません。八宝菜、五目焼きそばや中華丼などには、よくイカやエビが使われますが、どうしても海産物は脇役の感があるのです。中華料理店に行ったとしても、ポピュラーな肉系料理から脱出できないでいるような気がします。
当たり前のように海鮮中華を口にする機会もあります。マレーシアやインドネシア、ベトナムなど、ヤマハの船外機の一大市場でもある東南アジアの海辺に行くと、海産物を中心とした中華料理店しか選択肢がなくなったりします。観光地などでは、店頭に水槽がずらりと並び、その中で泳ぐ魚や、貝、エビなどを客が選んで料理してもらうスタイルの中華系レストランが競うようにして並んでいます。もちろんメニューにも魚介を素材とした料理がずらりと並んでいたりします。ハタの料理も多いです。広東がルーツの清蒸石斑魚は人気メニューのひとつです。
このコーナーでもそのうち清蒸をつくってみたいなと思っていたところ、敬愛していたダッチオーブン料理の研究家のレシピ本に、季節の魚を使った四川風の煮魚を見つけ、さっそく実践してみることに。張り切って、郊外でよくみかける大きな海産物の専門店に足を運びました。
そこで見つけたのが「モジハタ」という長崎産のハタでした。聞いたことのない魚です。少しばかりの見栄も手伝って、分かったような顔で「このモジハタ、一尾ちょうだい」とかいって注文し、家に持ち帰りました。で、モジハタを四川風に煮て、かなりの美味に大満足しつつ「モジハタって美味い魚だね」なんて感想を言い合ったりしたのでした。
食べ終わってから、モジハタという魚についてあらためて調べてみました。ところが、そんな魚はどこにも見当たらない。少なくとも、拙子のスマホにしのばせている釣魚図鑑には載っていない。ネットで検索しても引っかかりません。
そこでようやく気づいたのです。
待てよ。これは“キジハタ”じゃないのか。図鑑で調べてみると、既に骨と頭だけになってしまった魚の元の姿形は、たしかにキジハタだったようです。キジハタが長崎地方で人気の釣魚であることも判明しました。間違いありません。
これは拙子の想像ですが、出荷する際に、発泡の箱に誰かがマジックペンで「キジハタ」と乱暴に殴り書きしたところ、鮮魚店の新米スタッフが「キ」を「モ」と読み間違え、POPに「モジハタ」として書き写し、誰も気づかぬまま店頭に並べられてしまったのではないでしょうか。そうして我が家に「幻のハタ=モジハタ」としてやってきたわけです。
話がそれすぎてしまいましたが、この四川風煮込み、本当に美味いです。豪快だし、おもてなしの料理としても使えます。そして、まるで落語の小咄のようなモジハタのエピソードは、これからの食卓を少しばかり楽しくしてくれそうです。