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ときどき私たちを導いてくれる小さな光の話。 【Coumun- 潮気、のようなもの。】

 読者の方の中には4月に生活環境が大きく変わった方々もいることだろう。月が変わって5月病に悩まされている人もいるかもしれない。新しい環境の中で、生活をスタートさせるのはなかなか大変なことだと思う。

 この激動の世の中を航海するためには何が必要か。「風任せ」という考え方も素敵な気がするが、少しばかり無謀な気もする。人生にGPSのような便利なものは存在しない。しかし、我らの行くべき道を指し示す様々なシグナルは常に発せられている。テレビやラジオから流れる誰かのコメントかもしれない。新聞や雑誌のちょっとした言説。家族や友人のさりげない一言。小説やマンガの中にだって、荒波を乗り越えるヒントがあるかもしれない。
 優れた航海士とはそうした些細なシグナルを見逃さないものだ。太古からそうだった。

 さて、太平洋の北西部に広がる群島域—— ミクロネシアの人びとはどこからやってきたのか。これについては東方からのルートと西方からのルートの二通りがあったとされている。西方からのルートは、フィリピンやインドネシアをはじめとする東南アジアからやってきたとされている。また、東方からはポリネシアやメラネシアから民族移動がなされたと考えられている。もともとポリネシア人もモンゴロイドを起源とする説が有力で、時期やルートは異なってはいても、太平洋の島々のルーツは同一なのかもしれない。

ミクロネシアの代表的な観光地。パラオのロックアイランド

 そしてはっきりとわかっているのは、それらの移動には、荒波を乗り越える耐航性に優れたカヌーが使われ、目に見えない島々との間を自由に行き交うことのできる航海術が駆使されたということだ。GPSはもちろん、磁気コンパスや緻密な測量のもとにつくられたチャートがあるわけでもない。

 太古の航海士たちは、太陽や月、星や星座の動き、魚や鯨、海鳥たちの生態、さらには海の漂流物といった情報を元に、自分たちで航海術を編み出してきたのだ。

小さな海洋博物館で見かけた竹で編まれた「海図」

 以前、パラオの中心地・コロールに、小さな海洋博物館を訪ねたことがある。そこではパラオの海との関わりを示す、さまざまな展示物を眼にした。竹やタコノキで編まれた盤の上に、貝殻を島に見立てて配置した独特の海図チャートは、パラオ諸島やカロリン諸島などミクロネシア西部の代表的なナビゲーション・ギアの一つであったという。

 また、円周上に32の方角を示す星座コンパスもカロリン諸島における航海術の根幹をなす道具といわれている。道具の使い方を含む高度な航海術は、自然に伝わったものではないらしく、選ばれた航海士がカヌー小屋に集まり、座学を通して先人たちから教えられ引き継がれていった。

パラオのあちらこちらでこうした図柄を見かける。誇りなのだ

 近年、途絶えたスターライトナビゲーションと、それによる伝統的な航海技術、古代ポリネシアン・カヌーを復元しようとするハワイでの試みが、一時期日本でも話題となった。
 「ホクレア」号と航海士、ナイノア・トンプソンの名を多くの人が耳にしたに違いない。このホクレア号が初めてタヒチを目指して航海に出た1976年、ポリネシアでは、すでに伝統的な航海術の伝承が途絶えて久しかった。ホクレア・プロジェクトが頼ったのはミクロネシアの航海士、マウ・ピアイルクだった。ピアイルクはミクロネシアの海を熟知していたが、ポリネシアの海に関しては素人同然であったという。

 この招聘を受けたピアイルクは、ハワイのプラネタリウムにこもって、ポリネシアの海から見える星の位置や動きを徹底的に頭にたたき込んだそうである。
 ポリネシアに引けをとらない誇り高き航海者を育んだミクロネシア。ポリネシアに比べ欧米をはじめとする先進国の文化に染まるのが遅かったことは、伝統的航海術が廃れずに残った要因の一つだったかもしれない。
 70年代にはピアイルクを含む十人あまりの伝統的な航海士がミクロネシアには存在していたというが、さて、いまはどうだろうか。

航海の先にあるのは、大抵は最高の安堵であったりする

 5月病を人ごとのように語ってはみたが、季節に関わらず、どうも気が乗らない、腰が重たくなるなんてことは、筆者にだって年がら年中である。そんなとき、夜空にきらめく小さな光を頼りに、真っ暗な海を航海した航海者たちのことを思い出したりする。
 繰り返しになるが、夜空の星のごとく小さな光は、人が生きるという歩みの中の其処此処に輝いていて、私を導いてくれるような気がしている。

文と写真:田尻鉄男(たじり てつお)
編集・文筆・写真業を営むフリーランス。学生時代に外洋ヨットに出会い、海と付き合うことになった。これまで日本の全都道府県、世界50カ国・地域の水辺を取材。マリンレジャーや漁業など、海とボートに関わる取材、撮影、執筆を行ってきた。

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