ヨットレース〜海の上でいったい何が行われているのか。 【We are Sailing!】
11月18日から23日にかけて、神奈川県江の島沖の海上で「2021年全日本470級ヨット選手権大会」が行われ、ヤマハセーリングチームの髙山大智/盛田冬華のペアは3位という成績でした。
さて、正直に申し上げて、ヨットレースはいわゆる“マイナースポーツ”です。しかも頭に“超”がついてもおかしくないほど一般にほとんど知られていません。さらに、海や湖の上で行われている限り、ほとんどの人が目にすることができない上に、スタートしてからはヨットがあちこち散らばってしまったりするから、実は海の上から見ていてもよくわからないのです。
(最近はトラッキングシステムを使って、スマホでレース展開をリアルタイムでかなり把握できるようになりましたけれど。)
そこで今回は、ヨットレースの仕組みと申しましょうか、どのようにして勝敗が決まっていくのか。簡単ではございますが、今回の全日本選手権も例に上げながらご説明してみたいと思います。
今大会は5日間を使ってたくさんのレースが行われました
ヨットレースが行われる海というフィールドは、風向や風速が刻一刻と変化する完全な自然環境です。そうした自然環境の変化は、選手の力量を超えて順位に影響を与えてしまうことがあります。言い換えるなら、運に左右されてしまう要素があるということです。そのため、そうした運が入り込んでしまった部分をできるだけ薄めるため、予選/決勝を併せて10レースものレースが実施され、全レースの合計ポイントで最終順位が決まります。
ポイントシステムは1位に1点、2位に2点と順位がそのままポイントとなって、最終的に最もポイントが少ない者が優勝となる失点制となっています。さらに、10レースのうち最も順位の悪かった2レース分がカットされて、8レースの合計ポイントを対象にして順位を算出します。このカットレースシステムも、運を排除するための方策です(カットするレース数は実施されたレース数によって変わり、実施レースが少ないときはカット対象レースは1レースになります)。
こうして予選/決勝の10レースの合計で上位10位までに入った者が、大会最終日に行われるメダルレースに出場します。ここがちょっとわかりにくいのですが、陸上や競泳などの決勝は、予選のタイムが加算されることはありませんが、セーリングのメダルレースはそれまでの合計ポイントを持ち越し、その上にメダルレースのポイントが加算される方式なので、メダルレースで1位を取ったからといって金メダルとは限りません。
メダルレースが採用されて間もない頃の世界的なビッグレガッタでのことですが、メダルレースを1位でフィニッシュして順位を上げて喜んでいた選手に、ヨットレースに馴れないメディアが優勝したものと勘違いして群がり、その後にフィニッシュした金メダルのチームがメディアから放置されていた、なんていう珍事があったそうです。
海上のボートで取材しているので情報も取りにくく、取材する側もある程度の知識を有していないとそんなことが起きてしまいます。
海の上にコースをつくる〜運営の力量も影響します
ヨットレースでは図に示したような形でブイが設置され、スタートラインをスタートしたレース艇は定められた順番でマークを回り、フィニッシュラインに到達した順位を競います。この際タイムは一切考慮されず、ポイントの対象はあくまで着順です。
ブイ間の距離は特に定められておらず「1レースが○分で終わるように」という運営サイドの意向に沿って距離が決められます。つまり、風が弱いときはブイ間の距離は短く、風が強いときはブイ間の距離が長くなる傾向があります。
470級で採用されているコースは一般的にトラペゾイド(台形)コースといいます。全日本選手権のように参加艇が多い大会では、フリート(艇団)を2つに分けてレースを行うため、先にスタートしたフリートはアウターループ、後でスタートしたフリートはインナーループという具合にコースを分けることで、異なるフリートがレース中に交錯しないように工夫されています。
ここで重要となるのが風向です。上と下の図に示したように、レースコースはすべて上から風が吹いている形で設置されるのです。海という自然環境の下で行われるヨットレースですが、できるだけ均一な条件でレースを行うために、コースに対する風向が決められているのです。ただ、風向はいつ変化するかわかりませんので、レースがスタートした後に風向が変化したような場合は、レース中にブイを移動する(コース変更)ことも珍しくありません。その場合、選手が戸惑わないように、運営艇にはコースを変更したことをしめす国際信号旗のC旗が掲げられ、移動したブイの方角を示すコンパスコース(北が0度、南が180度)も伝えられます。
レースの運営はレースオフィサーというレース運営の資格を持った人がスタッフを使って行います。レースオフィサーには、選手と同等かそれ以上の風に対する鋭い感覚が求められます。風向の変化ひとつみても、その変化が恒常的なものか一時的なものかが判断できなければ、コース変更(ブイの移動)の決断はできません。野球やサッカーなどの球技では審判の判断が勝敗に大きく影響を与えることがありますが、ヨットレースの場合はレース運営の判断が勝敗に影響を与えることも多いのです。
自然のいたずら〜レース中にコースの変更、短縮、ノーレースになることも
レースの数を増やしたり、カットレースシステムを導入したり、コースを厳密に設定したりすることで、できるだけ運の入り込む余地を減らし、選手の力量がきちんと順位に反映されるように工夫されているヨットレースですが、それでも対応しきれない自然の変化が起こることもあります。
一日中全く風が吹かないこともあれば、台風のような低気圧が発生することもあります。そんなとき選手たちは一日中海の上で風待ちをしたり、ハーバーでヨットが風で飛ばされないように縛りなおしたり、競技とは全く関係の無い一日を過ごすことも珍しくありません。大きな国際レースでは、シリーズの中日に“レイデイ”という予備日を設けて、そうした状況に備えることもあります。
さて、上の写真は、ほとんど風が無くなった状態で、それでも、ボートスピードを落とさないために、ロールタッキングという技術を使って方向転換をする髙山と盛田です。
このようにスタートしたときにはいい風が吹いていたのに、途中でパタっと風が止んでしまうことや、風向が180度変化するということもあります。そんなときには、一度スタートしたレースでも途中で中止(キャンセル)されることもあります。その判断も前項でご紹介したレースオフィサーが下します。何度以上の風向の変化でレースをキャンセルすると決めているレースもありますが、多くの場合はレースオフィサーがそのときの風向・風速の変化によってレース艇に著しい利益/不利益が発生したと判断したときに、そのレースをキャンセルする決定をくだしているようです。
途中まで1位を走っていた選手からすれば、突然のキャンセルはなかなか受け入れがたい決定のように思えますが、自然相手のヨットレースではそれも日常茶飯事。そうした理不尽さを受け入れる寛容性もまた、一流セーラーの資質の一つなのです。
思い通りにならない理不尽な自然を受け入れられるか
ヨットレースが他の競走競技(陸上、競泳、自転車、バイク等々)と大きく異なる点は、自然の変化によって大きく順位が変わるという点です。そうした自然の変化を予測するのもヨットレースの醍醐味ではありますが、あまりに大きな変化はヨットレースを単なる「運ゲー」にしてしまいます。
レース数やコース設定、さらには運営など、ヨットレースのシステムは競技からできるだけ運の要素を排除するように機能しています。それでもなお、自然の下で行うヨットレースに運はつきもの。そんな思い通りにならない自然を楽しむ心の余裕がある者だけが、ヨットレースという競技を楽しむ資格があるといえるのでしょう。
いろいろと難しいことを書いてしまいましたが、ヨットレースといっても、ワールドカップや公式なクラス別の選手権だけでなく、クラブやヨットハーバーが主催するような、初心者でも気軽に参加できるいわゆる“草レース”があります。コースにしても一つのマークを回るだけのレースなど主催者が自由に設定することができます。いろいろあるのです。
多くの方々がヨットレースを楽しむ機会が増えることを願っています。