地味な漁かもしれないが、誇りはある。 【ニッポンの魚獲り】
鹿児島県の北東部、志布志湾に面した東串良町で漁業を営む森山正章さんは、2001年に故郷に戻ってきたUターン漁師。試行錯誤を重ねながら、この仕事を続けてきました。
「漁業をしたい気持ちが強かったとか、そんなたいそうなものではなく、地元に帰ればとりあえず仕事はある、そんな軽い気持ちだったんですよ」と当時を振り返る森山さん。ところが最初の1年間、父親の元で経験した修行で“軽い気持ち”ではやっていけないことを痛感することになりました。
「風雨が強いのに平然と仕事をしたり、真っ暗な夜の海の中、ライトが切れてしまった自分の籠のブイを難なく探し当てたり、改めて父親をスゴイ人だと思った」
そんな父親への畏敬の念は、一人で漁を初めるとますます強くなったようで、
「たとえばロープをペラに巻いてしまったとか、そんなトラブルがあると、父親と乗っていたときは二人でやってきたことを一人で対処しなくてはならない。そんなとき、こんなに大変なことをあの人は一人でやっていたのかと感心することしきりでした」
早朝、東串良の波見漁港を出港。獲物は「バイ貝」で、この地方では「べ」と呼ばれる小さな巻き貝です。30分ほどで漁場に到着すると、前日に仕掛けておいた籠を次々とあげていきます。この日はまずまずの漁です。
「始めたばかりころ、ひどいときはこの小さな貝が2個しか捕れないこともありました。全部の籠合わせてですよ。さすがにへこみましたね」と森山さんは苦笑しながら語ります。
この籠漁の天敵はウミガメです。これにも森山さんは頭を悩ませています。
「籠の中のエサを狙って網を破ってしまうんです。ひどいときには籠のストックが底をつくほどの被害もありました。カメからエサが見えにくいように籠の上に網を張ってみたり、カメの嫌いなウミヘビに似ているからとロープを籠の中に入れてみたりといろいろ考えてやってみたけどあまり効果はないですね」
選別作業は帰港後すぐに行います。ヤドカリやゴミをよけ、貝の大きさや種類によって分別、出荷できる状態にしていく地道な作業を黙々と続けます。
「実はね、魚を獲る漁に憧れることがあるんですよね。鯛とかサワラの大物を獲ってくると、漁協でも“おーっ!”とか歓声がおこるでしょう。その点、貝って地味じゃないですか」
しかし、森山さんはこう続けます。「でも貝は安定して供給できる。時化て魚が獲れないときでも漁協の荷さばき施設にはしっかり貝が並ぶんです。自分たちが東串良の水産業を支えているんだという誇りはあります」
趣味の釣りは息抜きの大切な時間。
「漁師なのに釣りが趣味っておかしいでしょ? 自衛隊(神奈川県の厚木基地)にいた時、休みになると湖に行ってバスフィッシングを楽しんでいました。今ではシーバス(スズキ)も釣ります。船ではなく、ウェダーを履いて立ち込むことが多いですね」
漁師の休日は魚釣り。その言葉が少しも違和感無く感じられるのは森山さんの人柄でしょうか。その後も釣り談義が延々と続くのでした。