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騎士道を胸に、海の英雄がゆく 【キャビンの棚】

 日本の武士道に対し、西洋には騎士道があります。騎士道とは、ヨーロッパの国々にかつてあった騎士の階級で守るべきルールとして作られた精神のこと。いまとなっては時代遅れとも指摘されかねない「レディーファースト」は代表的なもので、当時は「弱者の救済」を基本的なモットーのひとつにしていました。

 「海の鷲 ゼーアドラー号の冒険」は、第一次世界大戦に参戦したドイツの武装帆船・ゼーアドラー(海の鷲)号の艦長、ルックナー伯爵の騎士道精神を描いた航海記です。多くの敵船を撃沈し、敵国から「海の魔王」と恐れられながらも、ただ一人の命も奪わずに任務を遂行した伝説的な人物のノンフィクションストーリーになります。

 ルックナーは、ドイツの名門生まれでしたが、勉強に興味をもてずに13歳で家出しました。なんとなく海に憧れ、水夫の道へ。転がり込んだ帆船では、「ブタ」と呼ばれ、食事には船員の残りものを与えられるなど、最下層の水夫として非人間的な扱いも受けました。しかし、ひょんなことから皇帝に目をかけられるようになり、海軍士官の試験をパスして、結局名門出身に相応しいエリートコースにカムバックするのです。

 そして、帆船で水夫をしていたドイツ唯一の士官ということで、第一次世界大戦では重要な任務を与えられます。当時はすでに時代錯誤な存在であった帆船で、敵の目を欺き、海上封鎖網を突破し、敵国の海上輸送網を破壊すること目指した……。そんな「戦記もの」です。

 作者は、ノンフィクション・ライターとして世界名をとどろかせたアメリカのジャーナリスト、ローウェル・トーマス。砂漠の英雄「アラビアのロレンス」を世に知らしめた人物としても有名です。
本書は、彼がルックナー伯爵自身を取材し、ルックナーが語る半生を著したもので、1927年に刊行されました。大ベストセラーとなり、時のアメリカ大統領もこれを愛読。「これこそ海の英雄の物語だ」と賞賛したなどという、伝説的逸話もあります。

 騎士道精神を貫き通し、戦争を生きぬき、アラビアのロレンスと並ぶ英雄となったルックナー伯爵。壮絶な戦記ものですが、誇り高く英雄的な彼の人柄が物語の質を高めます。また、帆船が戦争に参加した最後の記録であることにも驚きです。海洋の香気が宿る名著です。

「ゼーアドラー号の冒険 海の鷲」
著者:ローウェル・トーマス
訳:村上啓夫
発行:フジ出版社
参考価格:1,800円(古書)



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