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観天望気とはかない夢 【Column- 潮気、のようなもの】

 夏のクルージング。沖にもくもくとたつ入道雲が、いかにも“夏真っ盛り”という風情で、気分を盛り上げる。
 入道雲(積乱雲)は江戸の方言で板東太郎、関西方面では丹波太郎などと呼ばれていたこともある。ちなみに九州では筑紫二郎、比古太郎、さらにたこ入道、仁王雲など、様々な呼び名があった。いずれも人やその体を表す呼び名であることが興味深い。それだけ愛されている雲の一つということなのだろうか。
 ところが、その愛すべき入道雲が発達すると、雲の底部では、激しい雷光、雷鳴、落雷をもたらし、そのうち大粒の雨やひょう、突風を伴う場合がある。雲を眺めて浮かれるばかりでは芸がない。空を眺めつつも、天候の変化や風の変化に気を配りたいものだ。

 ある年の話だが、沖縄県那覇市の西方に広がる珊瑚礁“ちーびし”までボートで行き、写真を撮っていたら、入道雲がいきなり発達して、とんでもないスコールを浴びたことがあった。視界もまったくなくなり、亜熱帯の真夏だというのに、体温を奪うほどの寒さに見舞われ、震えながら泣きそうになったことがある。時間にしたら30分ほどで雨は上がったのだろうが、それ以上に長く感じたものだった。

 いにしえから、海で暮らす人々は、雲をはじめとする自然現象から天候の変化を予測し安全に役立ててきた。それを「|観天望気《かんてんぼうき》」という。いつでも最新の気象情報が入手できるこの頃だけれども、いまでも山や海で遊ぶ際の入門書などにはかなり高い確率で掲載されている。それも思いのほか、役に立つからだろう。それに知っていると、なんだかカッコいい気もする。
 スマホを手に取らなくとも、「午後から風が強まりそうだ」とか、「まもなく雷が来そうだから」などの予測が立てられると、出港の判断材料にもなるので一つや二つ、覚えておきたい。また、地形などの特徴により各地に伝わる独特の観天望気もあり、マリーナ近くの地元の方に教えてもらっておくと役立つものもある。

 たとえば、筆者がよく遊ぶ相模湾の場合、「富士山に笠雲がかかるのは時化の前兆」「東風が吹くと明日は曇りか雨」「山の雲が一気に消えると風が強くなる」といった観天望気を耳にする。
 また、全国共通、一般的なものには「うろこ雲が出ると翌日は雨」「日傘、月傘が出ると翌日は雨」「星が激しくまばたくと風が強くなる」など。
 そして、最もよく知られているのは「夕焼けになると明日は晴」

少しばかり悔しさが募ったパンタナルの夕焼け

 さて、これまでに様々な夕焼けをみてきた。そのなかでも、ブラジルのパンタナル大湿原で出会った夕焼けが忘れられない。
 短い滞在時間のなかで、多くの人が憧れる南米の獰猛な釣魚ゲームフィッシュ=ドラドという魚を釣りたいと願い、フィッシングロッドを振ったのだが、その間、雨交じりの悪天候で、散々な目に遭ったのだ。釣果もまったく残せなかった。
 あきらめて、ベースキャンプ地であったカセレスという町を後に、遠く離れたクイアバの空港へ向かう車中「こんな地の果てまで、二度とくることはないのだろうな」と、少々恨めしく思いながら後ろを振り返ると、信じられないような光景が広がっていた。これまで厚い雲に覆われていた大湿原の空に、度肝を抜くような美しい夕焼けがあったのだ。

 それは、獲物に出会えなかった心の空虚を埋めるのに充分な光景であったのだが、次第にモヤモヤとした気分になってきた。

 「明日からは晴れるのか。なんだかなあ」

 観天望気など知らなければ、ただただ、感動しただけで済んだ、という、少々卑しいお話しでした。

文と写真:田尻鉄男(たじり てつお)
学生時代に外洋ヨットに出会い、本格的に海と付き合うことになった。これまで日本の全都道府県、世界50カ国・地域の水辺を取材。マリンレジャーや漁業など、海に関わる取材、撮影、執筆を行ってきた。東京生まれ。



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