99マイルビーチの思い出【海での時間 - vol.6】
「#海での時間」のコンテスト開催にあたって、
ヤマハ発動機社員も、みなさんと海での時間を分かち合いたい!
ということで、「ヤマハ発動機社員がつづる#海での時間」と題し、社員のリレー投稿を実施しています。
第6回は、ブランディング業務に携わる、ベテラン社員HJさんです。
―――――――――――――――――
この思い出は2001年3月の話。3月と言っても、南半球のニュージーランドにいたので、季節は夏だった。
当時、僕は30歳。無職。小田実の「なんでも見てやろう」のように、海外の国をアチコチ彷徨っていた頃の話だ。
オークランドの語学学校で親しくなった東ドイツ出身のインゴが「今度の週末にニュージーランドの最北端に行かないか?99マイル続く砂浜を車で走ることができるらしい」と誘ってきた。
インゴとは年齢も近く、「仕事を辞めてまで異国に来たのだから、なんでも体験しよう」と最初から考えが合った。元兵士で、体を動かすことが好きな男だった。ビーチでカポエラを習ったり、ボルダリングジムに行ったり、フェリーで島々の山に登ったりと、よく一緒に動いたものだ。
私のオークランド滞在もあとわずか。最後のイベントとして、インゴが最北端へのドライブ旅行を提案してきたというわけだ。メンバーはすでに決まっていた。インゴと同じ、東ドイツ出身のコニー。同じクラスの女性で、スラリとした長身に「日本人の黒髪に憧れる」とショートカットの髪を黒く染め、両耳は無数のピアスが輝く、学校で目立つ存在だった。
もう一人も同じクラス、南フランスから来たオレリー。彼女は栗色のロングヘアーが美しく、華奢な体つき。音楽が好きで、週末にオークランドの繁華街にあるアイリッシュパブに一緒に行き、オレリーにせかされるままに、腕を組み、陽気な音楽に合わせて店の中央で踊る羽目になったことがある。その日、我々は何を注文しても「店のおごりだ」とサービスを受けたことが懐かしい。
我ら小さな国際探検隊はレンタカーを借り、早朝のオークランドを出発。レンタカーは日本車だった。車内に貼ってある注意事項のシールを彼らが見つけると「これは何て書いてある?」と、そんな会話をしながら、車は小さな町をいくつか越えて、どんどん北へと進んだ。
4時間くらい乗っただろうか?確かに海の近くまで来ているのだが、まるで山に来てしまったような、うっそうとした木々のため真っ暗な森の中にいた。運転席のインゴが突如「しっ―!」と我々に指示する。助手席のコニーが「ゴメンね、今から、ドイツ語で会話させて」と言い、インゴと早口で何やら会話を始めた。「戻れないの?」「落ち着いて」そんな会話に思われた。前方を見ると、道路の先に放し飼いになった牛が3頭、こちらを見て動こうともしない。両脇はびっしりと大木が無造作に並び、避けようもない。おまけにスコールのような強い雨まで降ってきた。
「ガイジンどもよ。俺たちの土地に勝手に入ってきて、ビーチを車で走るだと?まぁ、今回は大目に見てやる。ゆっくりと行きな」
牛たちの目つきは優しいものではなく、静かな怒りを感じさせるものだった。ゆっくりと3頭が森林の中に戻っていった。雨もいつの間にか上がっていた。
「はぁ~」
ドイツ語もフランス語も日本語も、その感情を口から表現する音は一緒だった。
緊張が解けた我々は再び森の中の細道を進む。下り坂道になってきた。フロントガラスに森の終点を告げるかのような眩しい太陽の光が入ってきた。
「オー!」
これまた万国共通語。我々の目の前に、太陽に照らされ過ぎて、どこから空でどこからが海なのかがわからない、キラキラと輝く地平線が現れた。そして、海と平行に、海水を含んだ濃い灰色の砂浜が延々と真っすぐに伸びていた。入口を示すゲートもなく、お土産屋さんもなく、自然のまま。その素朴な風景から、ニュージーランドの人々の自然への愛情、崇拝に近いような大切にする気持ちを感じた。
(写真はイメージです。)
4人で車から降りて、砂の固さを確かめる。大丈夫だ。これなら走れる。再び車に乗り込み、4WDではない普通の日本車は緩やかに海と陸の間を走りだした。インゴがスピードを徐々に上げる。窓は4つとも全開だ。海独特の香りを全身に浴び、今までの人生での全ての失敗と後悔が帳消しになったかのような爽快感を味わう。すれ違う車とクラクションで挨拶を交わす。どの車もみんな笑顔だ。私の人生において、砂浜を車で走ることは、あの時が最初で最後と言っていいだろう。
快走すること数分、終着点らしき地点が見えてきた。
「インゴ、素晴らしい運転を有難う。だが、あの看板を見てくれ」
看板には『90マイルビーチ』と書かれていた。
「ハハハ!イッツ、オールライト。99の方が覚えやすいじゃないか!」
今、みんなはどこにいて、何をしているのだろう?「99マイルビーチ」の笑い話を自分の子供たちに伝えていることを秘かに願っている。
―――――――――――――――――
「ヤマハ発動機社員がつづる#海での時間」記事一覧はこちら