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恐怖心から生まれる荒唐無稽な話の楽しさよ。 【キャビンの棚】

 夏が怪談の季節なのは、怖い話を聞くと背筋がゾクっとして、いわば寒気と似た感覚を味わえるからということになっています。実際、ストレスによって交感神経が活発になると、発汗が促され、皮膚表面の血管も収縮して、体温が下がります。

 経験的にそんなことを知っていたんでしょうね。庶民文化の華が咲いた文化文政の江戸市中では、先祖の霊魂が戻ってくるとされるお盆の季節に合わせ、「涼み芝居」と称して怪談歌舞伎を特別興行されました。今の「夏フェス」の先駆けなのかもしれません。往時の三大怪談は『四谷怪談』『皿屋敷』『累ヶ淵』といったところでしょうか。今年の歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」では、山本周五郎原作の『ゆうれい貸屋』がかかっていました。ゆうれいは出るけれども、怪談というより人情喜劇かな。いいんです、現代は冷房完備ですから。

 そんな次第で、船に関する怪談物を探してみました。まず、各地でちょっとずつ様相を異にしながらも全国に伝わる「船幽霊」というのがあります。「幽霊船」として出現するものもあれば、あるヴァリエーションでは、壇ノ浦で滅びた平家の「死霊」として現れます。「柄杓ひしゃくを貸せ」と言われたら、底の抜けたものを貸さないと、それで海水を船に汲んで沈められてしまうのです。この「死霊」は「海坊主」や「海入道」「海法師」になったりと、その区別はあいまいなようですが、いずれにしても、気象の急変や未知の危険に対する戒めとして、海の脅威を具現化したものなのでしょう。

 評者が子どもの頃、少年雑誌などでは、「彷徨い込んだら抜けられないサルガッソー海」とか、「船舶から航空機時代になっても原因不明の消失が続発するバーミューダ・トライアングル」などという未知で神秘な記事が花盛りでした。今から思えば、見てきたようなウソも書き放題でお咎めナシのおおらかな時代のヨタ記事だったということになるのでしょうが、雪男ビッグフットとかネス湖のネッシーなどとともに、子ども心の想像力を大いに刺激されロマンを感じたものです。

 そんな懐かしさよ、もう一度とばかり、本書を見つけてきたんです。

 「まえがき」にこうあります。

人間は古来より海を恐れた。それは自然が引き起こす海の力には人間は全くの無力であることを知っているためでもあった。

世にも恐ろしい船の話(大内建二・著)

 うんうん。
 そして、その恐怖心が、かえって遭難事件を針小棒大に膨らませて、サルガッソーやバーミューダトライアングルの荒唐無稽の理論を生み出したとバッサリ。
 えっ、なにもそんなに「まえがき」からミもフタもない……(笑)。

 それでは、本書はどんな案件を扱っているのでしょうか。

 第1章は「奇怪な事件」のタイトルで、「帆船バタヴィア号の惨劇」など海事史に残る5事件を紹介します。

 第2章は「恐ろしい不思議な話」で、さまよえるオランダ人など船にまつわる幽霊話・怪談はここに収められています。

 第3章「不可解な海」は、「サルガッソー海の謎─ 入ったら二度と出てこられない」「バーミューダ・トライアングルの真実─UFOか地磁気異常かブードウーか」「日本人の知らない日本近海の魔海─1950年代に世界が驚いた」など8編。

 そして、こぼれ話集とも言える第4章「船にまつわる意外な話」が最終章となります。

  帯に付いた惹句がいいんです。
大自然の驚異か、人間の生み出す恐怖か!」
 
 酷暑の夏にどうぞ。

「世にも恐ろしい船の話」
著者:大内建二
発行:潮書房光人新社
価格:859円(税込)

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