いま、いちばん行きたい外国の海のこと 【Column- 潮気、のようなもの。】
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いま、いちばん行きたい外国の海のこと 【Column- 潮気、のようなもの。】

景色、音、匂い、味、海、言葉……すべてが心地よい。

 目に飛び込んでくるものはもちろんだけれど、肌で感じる気温、匂いや味、言葉や音楽、町から聞こえてくる雑音、それらのすべてを含む、メキシコの海辺が大好きだ。賑やかな海辺の通りを歩いていて「セニョール!」だとか「アミーゴ!」などと声をかけられると、それがたとえ物売りの呼び込みであったとしても、ウキウキしてくる。世界で最も美しいと思われるポルトガル語とならんで、メキシコの海辺の町で耳に飛び込んでくるスペイン語は、意味はわからずとも、私をとても幸せな気分にしてくれる音源だ。
 「これまでに行った海外の海辺のなかでどこがおすすめ?」と聞かれることがある。そのときの気分で、いくつかの海を挙げるのに少し迷うことがあるけれど、それでも真っ先に口から出てくるのは「メキシコの海」なのだ。

 はじめてメキシコを訪れたのは90年代のことだった。まず、バハ・カリフォルニアの最先端にあるカボ・サン・ルーカスという小さな町を目指した。この旅で最初にカボ・サン・ルーカスの空気を感じとったのは、日本からの乗り継ぎ地として利用したアメリカのロサンゼルスでのことだ。
 ロス・カボス行きの、それほど大きくない飛行機のシートに座って出発を待っていると、出発間際になってアメリカ人と思われる5、6人の大男のグループが騒々しくドカドカと乗り込んできた。全員がTシャツに短パン、デッキシューズ、またはビーチサンダルといったラフな服装で、手にしていた荷物はプラスティック製のルアーケースだけだった。いまになって思うと、ルアーに着いていたフック(釣り針)は手荷物検査に引っかからなかったのだろうかとの疑問があるけれど、とにかく大男たちは、空を飛ぶのではなく、これからチャーターボートで海に出て行こうとしているかのような雰囲気で、子どものように、ルアーの“みせっこ”をしていた。

 隣に座っていた私の仲間のひとりは、そんな男たちの姿を嬉しそうに、ニヤニヤしながら眺めていた。私もウキウキとした気分で眺めていた。同時に、何かとても大切なことを教えられたような気がした。そのとき私が大事に機内に持ち込んだのは仕事道具のカメラだけだった。

釣りのテーマパークにいるような気分になれる

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 当時のカボ・サン・ルーカスはリゾート地として開発途上で、現在のようにオシャレなマリーナはなく、豪華なリゾートホテルもそれほど多くはなかった。だからなのか、町は釣りのエッセンスが際立っているように感じられた。まるで釣りによって成立している町のようだった。
 路の角にカジキのオブジェが建ち、どのバーも釣り人のために店を開いているような雰囲気だった。露店に並ぶTシャツのデザインは、ほとんどが魚をモチーフにしていた。事前に聞いていた「カボの沖はカジキの釣り堀だ」という噂は本当なのだと、沖に出ずとも信じることができた。
 港には無数のチャーターボートが並んでいた。大型のコンバーチブルやスポーツフィッシャーマン(いずれも比較的豪華なフィッシングボートのタイプ)もあったけど、「パンガ」と呼ばれる、日本の和船に似た、地元特有の小型チャーターボートがもっとも多かった。青臭かった(いまもだが)私が唱えていた「スモールボート&ビッグゲーム」(小さな船で大きな魚)という憧れの釣りの世界観が、そこには燦然と存在していた。

 到着した日の夕方、人気の無いビーチから、橙色に染まる海を眺めていると、二人でカジキを肩に担ぐ男たちが目の前を通り過ぎた。
 「へへへ……。なんだかすごいところだな」
 このときも隣にいた仲間は、嬉しそうに、静かに笑いながらつぶやいた。

本物の“コバルトブルー”に出会える

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 カボ・サン・ルーカスからアカプルコに仕事場を移し、さらにこの旅の最終目的地であったカンクンに移動した。カンクンはカボ・サン・ルーカスとは異なる輝きを放つリゾートだ。
 ホテルに到着し、部屋に案内され、ベルボーイがカーテンを開け放って見せてくれた窓越しの景色は一生忘れない。あんな海の色を見たのは初めてだった。それまでなんとなく使ってきた “コバルトブルー”という名の海の、本当の色を知った思いだ。仲間のひとりは、その海を見ると黙りこくってしまい、もうひとり、髭もじゃのカメラマンは、“ひゃっひゃっはっ”と奇声を上げて笑っていた。

 マリアッチが音を奏でる、まるで極楽のようなカンクンの酒場で、テキーラをしこたま飲みながら、旅で感じたことについて話し合った覚えがある。飲み過ぎていたし、昔のことだから少々記憶が怪しいが、ロサンゼルスの飛行機で大男のグループをみたときから、カボサンルーカスやアカプルコ、そしてこのカンクンで感動したことがら、いわゆる“ツボ”は、みんなほぼ一致していた。みんながメキシコの海の大ファンになっていた。

 この旅でようやく「釣り」にありつけたのは、カンクンでテキーラを飲み過ぎた翌日、旅の最終日のことだ。コバルトブルーの海に古いコンバーチブルを走らせ、さらに沖に出て、黒潮が流れる、見慣れた紀州沖の海とそれほど変わらない、カリブ海のなかでトローリングを楽しんだ。
 このとき、ただひとりカジキを釣り上げた仲間が、先日、世を去った。突然のことだった。

 別れの場に足を運んでみると、このメキシコの旅で撮影した12枚の写真でつくった、古いヤマハのカレンダーが、新品の状態で飾られていた。どうやら仲間も大切にしていたらしい、その旅の思い出のひとつひとつを頭の中で拾い上げていると、不謹慎かもしれないが、少しばかり愉快な気分にもなった。そして、こうして書き残したくなった。
 コバルトブルーを目にして奇声を上げて笑っていた髭もじゃのカメラマンもすでに旅立っている。
 別れは悲しいことだが、メキシコに行けば、また彼らに出会えるような気がした。なんだかセンチメンタルな話で気恥ずかしいのだが、実際にそう思える。思い出をたどる旅は、とても楽しいものになるはずだ。

 私がいま、いちばん行きたい外国の海は、メキシコなのだ。

文と写真:田尻 鉄男(たじり てつお)
学生時代に外洋ヨットに出会い、本格的に海と付き合うことになった。これまで日本の全都道府県、世界50カ国・地域の水辺を取材。マリンレジャーや漁業など、海に関わる取材、撮影、執筆を行ってきた。東京生まれ。

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ヤマハ発動機の公式アカウントです。 「海やフネの近くで人生を楽しみたい、日常生活に海の香りと風を吹かせたい」という皆さまに、ほんのり潮気が漂う読み物や写真をお届けします。 18年間、海を愛する人達にお届けしてきたメールマガジン「Salty life」から引っ越してきました。