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海が好きであることの素敵な気持ちを子どもたちにも伝えたい。【社員紹介-私が海を愛する理由】

オートバイメーカーとして広く知られる私たちヤマハ発動機は、ボート、水上オートバイ、船外機(ボートの外付けエンジン)といった「海」に関する製品もつくっています。そして、その製品を開発し、製造し、お客様にお届けする社員には、海を愛してやまないメンバーが沢山います。
 「私が海を愛する理由」は、そんな彼らに、海をスキになったきっかけ、海での思い出、おすすめの楽しみ方、こだわりなど、”海への愛”をとことん語ってもらうシリーズです。社員一人ひとりの想いにのせて、みなさんとも海のすばらしさを共有できますように。

 週末になると前日のうちに自宅のある静岡県の磐田市から移動して、神奈川県の大船のホテルに泊まります。車で行くこともありますが、たいていは電車を利用します。朝、大船から電車で神奈川県の逗子駅までやってきて、今度はバスに乗り換えます。10分ほどバスに揺られて、葉山の海辺にあるバス停を降りて歩き始めると、青い空にヨットのマストが並んでいるのが目に飛び込んできます。海です。マリーナの門をくぐり、狭い階段を降りて、セキュリティカードをセンサーにかざして鉄の扉を押し開けると、目指す“教室”が近づいてきます。その教室は、マリーナの中にある整備工場の建物の一画にあります。
 サッシの扉を開けて、教室に入り、コーヒーを淹れながら部屋の中を見渡します。壁に掛かったホワイトボードには、この教室に通ってくる生徒たちの名前が書かれたプレートが張り付いています。その名前と、楽しそうにヨットに乗る生徒たちの顔とを重ね合わせながら想うのです。みんなヨットを楽しんでいるだろうか。きょうは前に来たときよりも、海のことを好きになってくれるだろうか。

週末は磐田の自宅からジュニアヨットスクール葉山のあるマリーナに通う日々

ヨットとの出会いが海との関わりの原点

 板倉弘尚ひろたかさんが、YMFS(ヤマハ発動機スポーツ振興財団)が運営するジュニアヨットスクール葉山の責任者の任を引き継いでから一年が過ぎました。
「昨年の秋、前任者が急逝してしまい、その後任として私に声がかかりました。突然のことではあったのですが、薦めてくれた上司たちが私を適任と考えた理由も納得できますし、私自身も“私がやるしかない”という気持ちでした。なくなった前任者はヤマハ発動機の同期入社。大学は違っていましたが、同じようにヨット部で学生生活を過ごしていたという間柄でした」(板倉さん)

 板倉さんにとって、ヨットはヤマハ発動機に入社するきっかけとなったスポーツ。海と付き合い始めるきっかけとなったのもヨットです。入社して数年後からは海外でマリン製品の営業を担当してきて、ヨットから離れていましたが「こうしてスクールに関わり、マリーナに通って、ヨットを楽しんでいる子どもたちと接することになって、やっぱりヨットはいいなと思いました。大学のOB会にも久しぶりに、少しずつ関わるようになりましたね」と板倉さんは話します。

 「ヨット部に入ったきっかけですか? 当時(板倉さんは1964年生まれ)はみんな海っぽいことがかっこいいと思っていたんですよ(笑)。おかサーファー”なんて言葉があったように、海と関わりがなくてもそれっぽい格好をするのが流行っていました。それまで海を特別な存在と考えたこともなかったんですけど、大学生になってマリンスポーツでもはじめてみようか、と。軽い気持ちで体育会のヨット部に入ったんです」

いまスクールの子どもたちが乗っているのは一人乗りのOPクラスという
ジュニア向けのセーリングディンギー

 大学時代、板倉さんは470級(オリンピックにも採用されている競技用のセーリングディンギー)に乗っていました。体育会なので練習はそれなりに厳しいのです。上下関係も今の時代以上にけじめを求められます。体育会のヨット部は、多くの若者が憧れ、夢見ていたマリンライフとは、少しばかり様子が異なっていたかもしれません。それでも風の力を利用して自在に海の上を走ることのできるヨットは、板倉さんにとって“最高の乗り物”でした。

海外での経験を通して知った海の魅力のあれこれ

 「大学では国際関係を専攻していて、海外協力隊や途上国の開発支援に興味があったため、海外に行けて、好きな海に関われるヤマハ発動機は天職だと思いましたね。入社3年後から海外営業を担当するようになり、メキシコをはじめとする中南米諸国の漁業の活性化や、河川などでのトランスポートによる地域振興、さらにカンクンやドバイなど、リゾートでの水上オートバイの普及と販売に携わり、充実した会社員生活を過ごすことができました」

 板倉さんがそのなかでもっとも長く、深く付き合ってきたのは中南米の海です。なかでも2回にわたって駐在していたメキシコの海は特別な存在でした。
 「当初は、高地のメキシコシティから海辺の市場に降りていって、日本のエビの漁法を伝え、漁港に冷凍設備を設置し、高品質のエビをアメリカのレストランに輸出する流通体制を整えたりしていましたね。シナロア州(カリフォルニア湾の入口付近、南西岸に位置するメキシコの州)では、エビの輸出で経済が活性化して漁師さんの暮らしがみるみる豊かになっていきました。それは嬉しかったです」
 やりがいのある仕事でした。そして仕事を通して、板倉さんはあらゆる海の恩恵を受けてきました。

現地駐在を含む海外営業の時代にさまざまな“海”と出会い、ますます海を好きになった
後列左から2人目が板倉さん

 「現地の市場で新鮮な魚介を食べること、私の場合は、それがとにかく幸せでしたね。漁村で獲れたばかりのエビを塩ゆでし、浜で食べるんですけど、最高でした。カンクンのロブスターも好きです。もう、テカテビール(メキシコのビール)が止まらなくなります。メキシコ以外にもマイアミジョーズのストンクラブ、ペルーのセビチェ、チリのサンチアゴで食べたウニやカニ、どの国の海辺でも食べられるソパ・デ・マリスコス(シーフードスープ)など、食べ物と出会いは海をますます好きにしてくれました」
 ここに上げられたシーフードとの出会いばかりでなく、板倉さんはヨットだけではない、海との付き合い方、楽しみ方、海で幸せを感じる術を、海外での経験を通して身につけていきました。
「海辺でのんびりビールでも飲みながらぼーっとしている、そんな時間も好きですね」
 そして葉山のヨットスクールの教室で、生徒たちを待つ朝の静かなひとときも、板倉さんには好きな時間となりました。

自主・自立を重んじながら、海が好きな子どもを育てたい

 このスクールのマリーナでの活動を見ていて気づくことのひとつに、送り迎えのとき以外に保護者の姿がほとんど見えないことがあります。海の上では自分のことは自分でやる、そんな当たり前の子どもたちの自立・自主性を、スクールの指導者ばかりでなく、保護者も意識していることが窺えます。

 競技人口が少なく、他のメジャースポーツに比べて比較的容易に世界大会などに出場できる可能性が高いのは、ジュニアヨットの特徴のひとつかもしれません。保護者もついつい、熱が入ることだってあります。それは当然だし、楽しいことです。
 「ただ、このヨットスクールでは競技一辺倒にならないよう、気をつけてはいます。セーリングや自然・水辺体験活動を通して、心身ともに健全で逞しい、チームのリーダーとなれる子どもを育ていく─、そうしたスクールの理念を第一に、強く意識していますね。そして、生徒たちには、安全が最優先であることを、コーチの皆さんといっしょに徹底して伝えています。海上では常に危険と隣り合わせであること、海の天気は変わりやすいこと、そうした中で、みんで助け合うことの大切さを伝えていきたいんです」

スクールではセーリングだけでなく、さまざまな自然体験を通して生徒たちの自主・自立を目指す。
これは水辺の体験教室のひとコマ

 海と自然から学ぶこと、楽しめることは山ほどあります。そして楽しみ方も。ヨットから始まった海の楽しみ方がどんどんと広がっていった自身の体験を、板倉さんは生徒たちにも知って欲しいのです。それが海辺で食べるシーフードの魅力であってもいいのです。
 「世界中の海辺を見てきた経験を活かし、コーチの皆さんと一緒に、海の素晴らしさとシーマンシップを伝えていきたい、知って欲しいですね」

 ジュニアヨットスクール葉山では、責任者である板倉さん、そしてコーチの皆さんが、生徒たちと一緒になって海を楽しんでいます。

(題字:板倉弘尚)

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