かけずりまわって手に入れた魚は、文字通り “馳走”でした。 「金目鯛の煮付け」 【船厨-レシピ】
近所のスーパーを数軒回ってみたけれどなかなか見当たらない。たまに見かけても切り身だったり。クルマを2時間ほど走らせて、伊豆に近い、小さな港町の、料亭を兼業している魚屋さんに目星をつけて行ってみたら、氷につかって5本ほどありました。鮮やかな紅色をした見事な魚体。
金目鯛(キンメダイ)のことが書きたくなって、どうしても切り身ではない、まるごと一本の金目鯛が欲しくなったのです。われながらけっこうな執念です。勘もさえました。食い意地とも言いますが、この気質をもっと他のことに向けていたら人生が変わっていような気がします。
新鮮な魚介を自慢する海辺の料理屋さんの定番に「金目鯛の煮付け」があります。干物もあって、これも極上の味であることがほとんどですが、今回は「煮付け」です。同じ金目鯛の煮付けでも、甘かったり、少し苦味があったり、甘さを控えめにしていたり、煮汁の味付けによって、お店や板前さん(ときには定食屋のおかみさんでもいいんですが)の個性がにじみ出ます。そんな金目鯛の煮付けを海辺でいただくのは楽しみのひとつなのですが、気になるのはそのお値段。割とお高い。お店によってはお品書きに価格が載っておらず、「時価」とあったりします。
釣りの場合、本命が釣れずに外道が釣れると「それも高級魚だ」「料亭では人気」などといって周囲の仲間から慰められることがしょっちゅうありますが、たいていはいい加減で、それらの魚は安く売られていたりします。魚の方したって「いやいやそれほどの者ではありませんで」と恐縮してしまいます。
ところが狙ってもいないのに金目鯛が釣れることなどほとんど無いと思われるし、もしも外道として金目鯛が釣れたら、きっと本当に嬉しいに違いありません。「趣味で手にした釣魚を市場価格に換算することほど、はしたないことはない」とは、ある先人の教えですが、それでも金目鯛は釣り人にとっても「高級魚」のひとつだと思うのです。金目鯛自身も恐縮なんてしません。「はい、ワタクシ高級魚でございます」と、堂々としています。
ふつう、魚の値段は水揚げ量と需要のバランスで決められていきます。今年のサンマがいい例ですが、不漁で、さらに需要があれば、値段は上がります。これまで、100円以下で手にできたこともあるサンマの今年の値段は、1本300円ほどになっていました。
こうした理由に加えて、獲り方によっても価格は変わります。一般的には、同じ魚でも網ではなく縄(釣り)で釣られた魚ほど高値がつくような気がしています。さらに釣り上げた後の船上での処理、港に帰るまでの保存方法といった船上での手のかけ方などによっても値段は変わります。漁師さんたちの商品価値を上げる努力が反映されているわけです。関アジ、関サバ、大間や勝本のマグロなど、ブランドになった魚介がわかりやすい例で、実際にそれらは驚くほど美味いですね。
水深300メートルから800メートルほどの岩礁帯に棲息する「深海魚」ゆえ、金目鯛は通年にわたって脂がのった美味い魚だといわれています。漁法は建縄(たてなわ)、または底延縄(そこはえなわ)と呼ばれる「釣り漁」で漁獲されることがほとんどです。一本の幹縄に結びつけた何本もの枝縄(一般の釣りではハリスといいます)に餌をつけ、その仕掛けを深海に沈め、魚がかかるのを待つ漁法です。こう書くと単純そうに思えますが、これが簡単な話ではない。効率もよくない。
海には潮の流れがあります。表面の流れと海中の流れが異なっていることもあります。海の中の水はうごめいているのです。さらに船は潮だけでなく風の影響を受けて流されることもあります。そのような状況の中で、魚がいるポイントに仕掛けを落とし込むのは容易ではありません。
残念ながら、拙子は金目鯛の漁を間近で見たことがないのですが、複雑な潮の流れの中での深海一本釣りには同行したことがあります。それはまさに職人芸でした。海中の潮の流れまでを読み、数百メートルの底にある標的に縄を落とし込むのです。射撃にたとえてみるとわかりやすいですか?
金目鯛の煮付け
■材料(2〜3人分)
金目鯛1尾(今回は670g)、酒200cc、砂糖 大さじ4、醤油100cc、水50cc、生姜1片
■作り方
1)金目鯛は鱗を取り、はらわたを取り、水で流す
2)大きめのフライパンに酒と砂糖を入れ、火にかけ、一煮立ちさせて砂糖を溶かす
3)スライスした生姜と醤油、水を入れて、ふたたび煮たったら金目鯛を入れ、全体にクッキングペーパーを被せる
4)中弱火で、ときどきクッキングペーパーをそっとめくり、煮汁を回しかけながら30分ほど煮る
そんな金目鯛の漁法を思い浮かべながらいただく煮付けは格別でした。拙子自身もそれなりに苦労して手に入れた金目鯛だったからなおさら、というのもあります。まさしく、語源通りの「馳走」だったというわけです。
ちょっと恥ずかしい話ですけれど「残った煮付け汁を白米にかけて食べる」というのは、かなりイケていた義理の婆ちゃんから教えてもらった、お気に入りの「しめ」です。これは真似しなくてもいいです。