トラウトと人の楽しげな騙し合い「シューベルトピアノ五重奏曲 」 【キャビンの棚】
音楽が、その主題である事象の、これまでに気づかなかった美しさや悲しさ、楽しさといったものを教えてくれることってありますよね。たとえばドビュッシーの「海」では海の荘厳を、ハービー・ハンコックの「処女航海」では夜明け前にフネを出すことの胸膨らむ期待感を。ビル・エバンスの「シースケープ」では、全てを包み込む海の優しさを気づかせてくれます。
さて、シューベルトのピアノ五重奏曲〈ます(= La Turuite)〉からは何を感じることができるでしょう。
シューベルトの〈ます〉は、もともとあった、ある詩に曲付けされた歌曲です。その内容は「川を泳ぐ美しい鱒を眺めていたら、釣り竿を担いだ漁師がやってきて、澄んだ川の水をかき混ぜ、濁らせて、釣り針を鱒から見えにくくして釣り上げる」さまを歌ったものです。
ネットの中のある辞典を読んでいたら、実際には、「男はこのようにして女をたぶらかすものだから、若いお嬢さんは気をつけなさい」という内容の寓意ということのようです。
なるほど。でも漁師とはいわず、鱒だって多くのアングラーをたぶらかして虜にしていますよね。 要するに騙し合い?
そこに秘められた寓意はさておき、ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスによる独特の編成曲の美しさは、川のせせらぎの清涼感、「トラウト」という魚の美しさを感じるには充分すぎます。
たまには海から離れて、清流のなかに美しい音色を探すのもいいですね。水辺は楽しい。その音楽も。