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海のダイヤモンドとか真珠とか天国の話。 【Column- 潮気、のようなもの】

 先日、いつもの頼りになるライターさんに依頼して書いてもらった漁業関係の取材記事を読み返していたら、気になることが頭をもたげてきた。そこにはある地域で水揚げされるナマコのことを「黒いダイヤ」と表現していたのであった。かの漫才ではないけれど、さっそくネットで調べてきました。
 まあ、調べなくても察しがつくことなのだけれど、特に輸出用のナマコは高値がつくことから「ダイヤ」と表現されているようだ。
 だが、ちょっと待てよ、と思う。最近、まったく同じ表現を目にした記憶がある。そうだ、シジミだ。半年前の取材記事で、ある地域のシジミが、同じく「黒いダイヤ」と表現されていたのだった。いずれも現地で聞いた話であったろうし、嘘ではないが、こうしたケースは散見される。ちなみに、有明海苔も「黒いダイヤ」と表現されることがある。

真珠と呼ばれる島々

 私もこの手の表現を無意識に、しかしながら頻繁に、観光パンフレットなどから借用していることに気づく。最も多いのはなんといっても島を表す「真珠」だろうか。金銭的、または希少価値を表現する「ダイヤ」に対して「真珠」は美しさを強調したいときに使われるようだ。ちょっと調べてみただけで、多数でてくる。

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 「太平洋の真珠」はフレンチポリネシアのボラボラ。「大西洋の真珠」はポルトガル領のマデイラ島だ。「インド洋の真珠」は、モルディブ、スリランカ、セーシェル、同じくセーシェルのなかのラディーグ島などがあげられる。これを知って少し嬉しく、自慢したくなったので言おう。私は、ここに挙がった世界三大洋のすべての「真珠」を訪れている。もう一つおまけに自慢すると、それらの「真珠の島」ではヤマハの船外機を船尾に取り付けたボートが“幸せ”を運んで走り回っていた
 また、大洋でも島でもないけれど、「アドリア海の真珠」と称されるクロアチアのドゥブロブニクも目に焼き付けている。
 そして、それらを訪れる度に私が書いてきた紀行文には、決まって「〜の真珠」というフレーズを平然と使ってきたような気がする。これについては自慢できる話ではない。

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 さらに「東洋の真珠」はペナン島。真珠は世界中にいくつもありそうだ。「エーゲ海の真珠」というフレーズも思い出したが、それは、70年代後半に日本でも大流行したポール・モーリアの楽曲の名であった。

 ダイヤや真珠とは少しばかりニュアンスが異なるが、ニューカレドニアは「天国にいちばん近い島」と謳われている。これは、日本独特のものらしく、他の国の人々からも同じように形容されているわけではないようだ。そもそも天国という言葉そのものが、海外とで日本とでは感覚が異なるような気がしている。

「天国にいちばん近い島」は日本生まれ

 「天国にいちばん近い島」については、以前にもこのnoteの前身である『ソルティライフ』のコラムで書いたことがあるのだけれど、私はこの話が大好きなのでもう一度書いておく。

 ニューカレドニアの「天国にいちばん近い島」は、作家の森村桂が1966年に書いた同名の小説(旅行記)が基になっている。バブル期を過ごした大人の多くは、その小説を原作とした映画のタイトルとして覚えている方も少なくないだろう。
 彼女の父親は「仮面天使」などで知られる小説家の豊田三郎であった。豊田は娘が幼い時、この「天国にいちばん近い島」の話を聞かせた。
 『海をね、丸木舟をこいで、ずうっとずうっと行くんだ。するとね、地球の、もう先っぽのところに、まっ白な、サンゴで出来た小さな島があるんだよ。それは、神さまのいる天国から、いちばん近い島なんだ』 (天国にいちばん近い島/角川文庫)
 さらに、神様は地球のどこかで自分を必要としている人がいると、いったんそこに降りてから丸木舟で駆けつけてくれること。その島は、いつ神様が飛び降りても痛くないように、花の絨毯が敷き詰めてあること。さらにそこに住む人々は一年中太陽の光を浴びて日に灼け、いつでも神様に逢えるからみんな幸せであること、そんなことを愛娘に話し聞かせた。

 森村桂が19歳の時に最愛の父は他界したが、桂は父から聞かせてもらった話を思い出し、いつか「天国にいちばん近い島」に行ってみたいと願い、その島を「ニューカレドニアに違いない」と見当をつけていた。
 つまりニューカレドニアを見てから「天国にいちばん近い島」と表現したのではなく、「父から聞いた“天国にいちばん近い島”は、きっとニューカレドニアに違いない」と想像したのだ。
 そして森村はある日、日本からニューカレドニアへと向かう鉱石運搬船に飛び乗るのである。

 過大な期待があったのかもしれない。森村桂が船の窓から初めて見た「天国にいちばん近い島」は、想像していたものとは様相を異にしていた。ニッケルを採掘中の赤茶色の山肌に色あせた緑が覆っているその姿は、天国の近くの島にしては凡庸に映ったようだ。島のそんな風景に対して森村は、ここは本当に「天国にいちばん近い島」なのかと疑念を抱くが、その後の物語はぜひ原作で。

 私も実際に「天国にいちばん近い島」のメインアイランド、グランドテールを目の当たりにしたとき、それほど美しいとも思えずにいたので、「これが天国?」 と拍子抜けした森村桂に同調するけれど、首都のヌメアからボートに乗って沖に出てみると、その美しさにえらく感動したものだった。「やはり人類にはフネが必要なんだなあ」と、つくづく思わされるひとときだった。いや、大げさな話ではなく。

 というように、真珠にしろ天国にしろ、またそう呼ばれなくても、美しい島や港は世界のあちこちにあるわけだ。付け加えれば、海や島の旅の記憶は視覚で得る風景に限らない。飲んで食べて味を知り、港に渦めく香りを嗅ぎ、海辺で水に触れ、町が奏でる音を聴き、同行した友や現地で出会った人々との会話などから成り立つものだ。世界には、真珠や天国(楽園)が、人の数ほどあるのではないだろうか。

■ 写真(上から):天国にいちばん近い島・ニューカレドニア(タイトル)/太平洋の真珠・ボラボラ/大西洋の真珠・マデイラ島/インド洋の真珠・セーシェル(ラディーグ島)/アドリア海の真珠・ドゥブロブニク

文と写真:田尻 鉄男(たじり てつお)
学生時代に外洋ヨットに出会い、本格的に海と付き合うことになった。これまで日本の全都道府県、世界50カ国・地域の水辺を取材。マリンレジャーや漁業など、海に関わる取材、撮影、執筆を行ってきた。東京生まれ。


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