やせ我慢もいいけど、読書ですごす雨の日もまたいいんです 【キャビンの棚】
「船乗りは雨も好きにならなきゃいかん。雨が降っても傘はさすな。カッパ(オイルスキン)を楽しめ」と若者に説教する老ヨット乗りがいました。ヨット乗りを尊敬する若者は、なるほどと思い、信じます。天気が急変することのある海では、雨をなんとも思わない鈍感さはけっこう大切だったりするのです。こうして若者たちは「雨でも海は楽しい、船は楽しい」と人に胸を張ります。
でもですよ、海で遊ぶ多くのサンデーセーラーやボーター、そして釣り人にとって、海の中で雨を心から楽しむといううのにはいささか無理があります。たしかに雨が楽しいと思う時もあります。でも、たいていはやせ我慢です。彼らは努めてやせ我慢を楽しんでいるのです。海の男たるもの、そうあるべきだと頑張っているのです。
だから、雨で出航を取りやめたときなどは、正直言って、ほっとさせられるときがあったりします。そして、雨は別の休息を備えてくれるのです。それが読書を通しての素晴らしい海や魚との出会いだったり。結局は、雨も捨てたものじゃないな、となるわけですが。
「雨の日の釣師のために」は、開高健が編んだ、釣り文学集です。自身による「黄金の魚」を含め、35作品が収められています。
ゼイン・グレイの「一日で七本のカジキ」が収められています。カリフォルニアの沖に浮かぶサン・クレメンテ島でのカジキとの格闘を作家自身の体験として描いたものです。大物釣りへの憧憬を通り越し、恐怖感さえ伝わってくるその筆致にはただ恐れ入るばかり。1900年代始めの頃の西部劇作家として、カジキ釣りのファンにはちょっと知られた作家ですが、彼の文章の日本語訳はとても珍しい。
また、開高健による前書きの「雨もまた愉し」が、これまた文字通り楽しい。雨の日の釣り師の生態が描かれているのですが、その最後に、釣り師にとっての金科玉条が記されていました。実技編、精神編とも笑えますが、それがまた真理であることにも気づかされたり。
関東地方はいま、梅雨のただ中です。せっかくですから、特に釣りの好きな方、旅の好きな方は、最初の1頁から最後の1頁までゆっくりと味わうように読んでみましょう。読み終えたとき、とっても充実した釣行から帰ってきたときのような気分を味わえるのではないかと思います。
初版は30年以上も前。出版元は今は存在していません。古本として流通していますので、ぜひ手にとって欲しいと思います。