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いちど肩の荷を下ろしてみようか。 【We are Sailing!】

 10月末にイスラエルで開催された470級世界選手権の最終日、レース艇の搬出作業に慌ただしいハーバーの一角で髙山・盛田の両選手のインタビューを終え、カメラや三脚を片付けていた我々に「日本に帰ったらレーザーラジアル級の全日本に出てみようと思うんです」と切り出した髙山選手。「ちょっと気分転換にシングルハンダー(一人乗りクラス)に乗ってみようと思って」。トップ10入りを目指してのぞんだ世界選手権で、目標に遠く及ばない結果に終わった彼にとって、なるほど気分転換には持って来いのアイディアではあります。「おもしろい! じゃあ次は江の島で」と撮影の約束をした我々は、それから2週間後の11月20日、レーザーラジアル級全日本選手権が最終日を迎える江の島ヨットハーバーに降り立ちました。

 一口にレーシングディンギーといっても様々なクラス(種目)があることは、このコラムの読者なら既にご存じのことでしょう。多くのセーラーが出場を目指す世界最高のセーリング競技に採用されている種目だけで男女10種目(大会によって採用種目は変わります)も存在します。

 今回、髙山選手がチャレンジしたレーザーラジアル級とは、女子一人乗り種目としてその大会に採用されているクラスで、男子一人乗り種目のレーザー級と同じ艇体を使って一回り小さいセールを取り付けた種目で、体重の軽い女子セーラーやジュニアセーラーが主に取り組んでいるクラスです。

 イスラエルから帰国した髙山選手は、この大会のために2週間は470級から離れ、レーザーラジアル級に乗り込んで練習に励んだようです。

「(鈴木)國央コーチにみっちりと仕込まれました(笑)」。何を隠そう鈴木國央コーチはシドニー大会(2000年)、アテネ大会(2004年)と2大会連続でレーザー級日本代表を務めたオリンピアン。当時の国内では無敵を誇るシングルハンダーのキングだったのです。
 「レーザーの全日本に出ようと思うと國央さんに相談したら、『面白いじゃないか、やってみよう』と言ってくれて」。

470級というひとつの世界の常識をブレークスルーする

 かくいう髙山選手も小~中学校時代はOP級、高校1年生まではレーザーラジアル級というシングルハンダーで育ったセーラーです。「シングルハンダーの方が好きかというと……二人乗りも一人乗りもそれぞれ面白さがあって、どっちも好きという感じです」

高校1年まではシングルハンダー(1人乗りヨット)の選手として育ってきた髙山大智

 他の競技に例えるなら、競泳の背泳ぎの選手がリフレッシュ期間に自由形のレースに出場するような感じでしょうか。セーリング競技も種目によって使う筋肉も異なり、レースの組み立て方や艇の走らせ方も変わってきます。このことが、470級というひとつの世界の常識をブレークスルーするきっかけになるかもしれないのです。セーリング競技の世界では、この髙山選手のように専門以外のクラスのレースに出場することは、それほど珍しいことではありません。実際、この大会にはイスラエルの世界選手権で日本人最高位をとった岡田奎樹/吉岡美帆チームのクルーである吉岡選手も、髙山選手と同じレーザーラジアル級にエントリーしていました。普段、クルーを務めている吉岡選手にとっても、ティラーを持って一人で走らせるシングルハンダーは、予想外の気づきを得られる可能性は十分にあるのです。

 さて、大会最終日は今にも降り出しそうな曇り空ながら、北寄りの強風が吹くシングルハンダー日和。久しぶりのシングルハンダーにも関わらず、最終日を迎えた髙山選手は優勝も狙える好位置につけています。

「カッコイイ写真お願いしますよ」と軽口を叩きながら海に出ていった髙山選手ですが、その日の一本目となる第6レースでは見事なトップフィニッシュを決めてみせました。続く最終レースも3位でフィニッシュするなど、この日のコンディションにフィットした走りを見せてくれた髙山選手でしたが、結果はオリンピックを狙って活動している女子選手2名に続く第3位という結果でした。ほぼ10年ぶりに参加したシングルハンダーのレースとしては、これ以上ない結果といっていいでしょう。

重圧から解放されたレースで、セーリングの楽しさを満喫した

 レース中、マーク付近でカメラを構える我々を見つけると、カメラを意識してカッコつけたハイクアウトを見せてくれました。470級のレースの時のような重圧はそこにはありませんでした。少なくとも『気分転換』という目的は完全に達成されていることを、カメラのレンズ越しに感じさせてくれました。

 好きだったはずのヨットが、いつの間にか楽しいだけではなくなり、辛いことの方が多くなる……。それは競技スポーツで頂点を目指すアスリートにとって誰もが経験する局面でしょう。

 この日、髙山選手は470級ではない別のクラスのレースに参加することで、ヨットを始めた頃の『楽しくて仕方がない気持ち』を再び取り戻したように見えました。

結果は総合3位という成績。よくやった

 ハーバーに戻ってフネを片付けていると、雨の中で表彰式が始まりました。ちょっとはにかみながら3位の賞状を受け取った髙山選手をつかまえて、この大会に参加した意義を語ってもらいました。

好きなようにコースを引くことができる楽しさを満喫

 「当たり前なんですが、シングルハンダーなのでハイクアウトもコース引きも全て一人だけでやらなくちゃいけないんですよね。何をやっても自分の責任なので、自分の好きなようにコースを引くことができる楽しさを満喫しました。その一方で、自分がハイクアウトしなければフネがヒールしてしまう、そんな当たり前のことが新鮮に感じられました」
 470のような二人乗りクラスの場合は、1+1=2以上の力を発揮できるように取り組むわけですが、それは簡単なことではありません。相手の技量に不満を感じたり、反対に相手に対して引け目を感じたり、はたまた相手に気を遣うあまり自分の力が発揮できなかったり……そんなネガティブな感情が重なると1+1<2という結果になることもあります。

 髙山選手は一人でレースに臨むことで、セーリングの基本に立ち返ることができたようです。
 「こうしてレーザーでレースに出てみてあらためて気付いたんですけど、470のときはクルーに対して相手の反応を待っていたようなところがあったんじゃないかと。伝えるべきことはもっとダイレクトに伝えるべきだし、コース引きに関してもあまりクルーに気を遣いすぎるのもよくない。ちょっと自分で勝手に考え過ぎていたようなところがあったかもしれませんね」

 気分転換のつもりでのぞんだシングルハンダーのレースでしたが、髙山選手にとってはそれ以上の収穫があったようです。それはそのまま470級のスピードアップに繋がるようなものではないかもしれませんが、日本代表を争う長い戦いに向けて、心のスタミナになったことは間違いなさそうです。


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