時に眠りを誘う、高価な椅子のお話。 【海の道具】
今回取り上げるのは「ファイティングチェア」。これまた勇ましい名前です。戦うイス。と言っても、ボクシングの試合の際にリングに置かれる丸イスではありません。当たり前だけど。
上級モデルでは1脚100万以上するのはざら。と言って、素晴らしく座り心地が言いわけではありません。どちらかと言えば硬く無骨な感じのイスです。これに座って何と戦うかというと、いわずと知れたカジキ達です。
何しろ敵は100キロ、200キロ、時には300キロを超える強者です。猛々しく暴れまわる巨魚を小さなリールのハンドルひとつで数百メートルも巻き上げなければならないのだから、自ずと体をホールドするものにこだわるのも頷けます。
その機能は総てカジキを船に引き込むためにのみ準備されているのです。
ロッドを引き寄せる際に踏ん張れる堅牢なフットレスト、竿を前後にあおってラインを巻き上げる際のポンピングの邪魔にならぬよう角度が変えられる背もたれ。股元には竿尻を差し込み、自在に前後動かせるジンバルと言うカップが用意されています。
アングラー(釣り人)はこのイスに座ってカジキと対峙するわけですが、チームにはイスの操作を専門に行うメンバーもいて、その名をチェアマンと呼びます。役割は、ファイトが始まったら、常にラインとアングラーが正対するようにファイティングチェアを回したり、ポンピングをしやすいようにイスを固定したりと、いかにアングラーがリールを巻き上げる負担を減らすかを、イスの操作でサポートするのです。
見た目や機能はなんだか理髪店のイスのようですが、とても寛ぐようなイスとはいえません。
とまあ、そう気張っても、実際はルアーを流しながら、待てど暮らせど一向にしならない竿先を見つめ、いつしかうたた寝をしてしまうイス、という説もあります。