人生を変える、大魚との出会い。 【キャビンの棚】
ロンドンの郊外にある銀行の支店長である主人公は、妻とともにインド洋に浮かぶモーリシャスにやってきます。成績優秀であることへの銀行からのご褒美バカンスです。そのモーリシャスで彼は、ある男から釣りに誘われます。彼は、それまで海で釣りなどしたことはありませんでした。それでも、悩んだ末に意を決し、世間体を気にしてばかりで、何かと口うるさく、主人公の尻を叩く妻には内緒で、旅の最後の日にボートで海に出ることにしました。
その釣行で彼は、モーリシャスの漁師たちから「帝王」と呼ばれる巨大なブルーマーリン(クロカジキ)と対峙することになります。カジキとの壮絶な闘いの中で彼は何を思うのか、そしてどのような行動をとるのか、そしてその釣りは、彼の人生にどのような影響をもたらすのか。
大魚との対峙、といえばヘミングウェイの名作「老人と海」を思い浮かべる方も多いことでしょう。この帝王の主人公は、「老人と海」の主人公・サンチャゴとはまったく異なるキャラクターのサラリーマンです。でも、読み終わったあとになって、サンチャゴといくつかの共通点があることにも気づかされます。
フレデリック・フォーサイスの作品としては異色の部類に入るのでしょうが、読めば痛快な結末(人によって、ですが)に満足するとともに、自然に対峙することとは、また、魚を釣ることとは、人にとってどういうことなのか、立ち止まって考えさせてくれる気がします。
たかだか娯楽小説、といってしまえばそれまでです。でも、海や釣り、大魚に深く思いを馳せたいと願う方にとっては、実に味わい深い小説となる気がします。
初版は1984年。表題を含む8編が収録された短編集です。