夏なのに暑苦しい話かもしれませんが、素敵なセーターの物語。
「ガンジー」というセーターをご存知ですか? 英国の厳しい海で生きてきた漁師たちが古くから着用してきたセーターです。30%の水分を含んでも「湿っている」とは感じさせないウールで編み込まれ、船上での動きを妨げないために、どちらかというと身体にフィットするようにデザインされています。作り手は、その厳しい海に生きる漁師とともに生きてきた妻たちです。
夫の海での無事を願い、愛を込めて編まれていました。だから同じ編み模様のセーターはほとんどありませんでした。ある漁師が海に落ちて残念なことに命を落としたとき、遺体が身に付けていたガンジーの模様で身元が判明したことがあるといいます。
また、漁師たちはこのセーターを海の男の正装としてみなしていたようです。休日用のベストタイプのガンジーがあり、教会の礼拝、あるときは結婚式などにもそれを着て集まったといいます。
「海の男たちのセーター」(第1版1989年)には、そんな蘊蓄が、貴重な資料写真や、美しい現地の写真と共に、詰め込まれています。ムックの仕様なのにいつまでも大切に持っておきたい本。著者は京都造形大学教授の福のり子さん。羊毛について学ぶために渡豪した経験もお持ちです。
様々なガンジーの故郷を尋ねる紀行形式の体裁が取られていますが、セーターの研究書のようにも紀行文のようにも楽しめ、海辺の写真も素晴らしいのです。ひとつひとつのセーターの裏側にある漁師たちとその妻の生き様までが読み取れる。
近年、素晴らしい化学繊維が開発され、海で着るウェアもかなり様変わりしました。でも、「海の男たちのセーター」を読んで、何か大切なものをすっぽりと忘れていたような気にさせられました。海の正装として、見直したいと思わされます。
妻が夫のために編む、というのはもちろん、ルーツの話。いまは自分のために編んだっていいし、もちろん男が編んでも、と付け加えておきます。
それに緯度の高めな海外の港などでは、寒い日に、ガンジーやアランセーターを着て颯爽と船に乗る女性を見かけます。カッコいいんです。
なぜ、まもなく夏本番だっていうのに、セーターの本?と思われた方もいると思います。だって、これを読んで編み物にでも挑戦してみようかと思い立った読者のみなさんの大方は、悪戦苦闘、出来上がりがちょうど秋も深まっている頃になるんじゃないですかね。
※この記事は過去の「Salty Life」の記事に加筆・修正して掲載しています。