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それは最上級のお肉と同じです〜海でマダイを美味しく育てる 【ニッポンの魚獲り】

金曜日の朝、上天草の野釜島の漁港から一隻の漁船が沖合に設置された養殖イケスへと向かいます。沖合といってもイケスは港から鼻の先。直径20メートルほどの丸い養殖イケスに船を横付けすると、タモで一匹ずつ、丹念にマダイを掬い上げ、ケースに入れて循環器を備えた船のイケスに移し替えていきます。この日はマダイの出荷日。およそ2年をかけて育ててきた2キロサイズのマダイを売りさばきます。丸伸水産株式会社(熊本県上天草市)の小林正樹社長に、同社のマダイ養殖の現状についてお話を伺いました。

コストバランスを考えながら

 美しい姿・形、その味から祝い事にも用いられるマダイは日本人にとって単なる食材にとどまらない、日本文化においても重要な魚といえます。「腐っても鯛」という言葉はそんな鯛のありがたみを表すところから生まれた言葉といえるでしょう。
「いい餌を使って、薄飼い(密度の小さなイケスで育てる)を進めるなど、もっといい魚を育てようと思えばできないことはないんですけど、これも経済活動。コストを考えながら利益を出していかなくてはならない。その中で最良のマダイを育てて出荷しています」
 こう語るのは上天草の野釜島で養殖業を経営する丸伸水産の小林泰さん。現社長の正樹さんの父親で、いまから40年ほど前にこの海で養殖を始めた創業者です。

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 養殖業を進めていく中で最もコストがかかるのはエサです。そのエサも40年前から大きく変遷しています。
「初期の頃は生エサが主流。イワシやサバの切り身をミンチにして与えていましたが、ロスがあり、海を汚す要因にもなっていました。そこで登場したのがモイストペレットです。冷凍の魚の切り身とパウダー、40%ほどの水分を持たせた飼料です。これでエサの量を従来の三分の一に減らすことができ、コスト削減に貢献しました。いまは乾燥させた“ドライペレット”や“EP”と呼ばれる工場から出荷されたものをそのまま使うのが主流です」
 養殖の作業においても省力化は課題の一つ。そうしなければ働き手が集まらないという現実もあります。しかし、丸伸水産ではエサをドライペレットからモイストペレットに戻しつつあるのだといいます。

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 「確かにモイストペレットの使用はドライペレットに比べて手間かかりますが、自分たちで工夫がしやすいというメリットがあります。うちではエサを作る機械もオリジナル。水に溶けにくく無駄のない独自の飼料を作って給餌しているんです」
 こうした手間をかけられる理由には、小林水産が人材(社員)に恵まれているということもあげられるでしょう。泰さんの信頼できる仲間たち、そして現社長・正樹さんの高校時代からの仲間(サッカー部のチームメイト)が集まった丸伸水産の「現場」はとても明るく、溌剌とした雰囲気で満ちています。

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向上を続ける「養殖魚」の地位

 こうした現場での様々な工夫だけでなく、泰さんのお話によれば、マダイ養殖は稚魚生産の現場でも大きな進化を遂げているようです。もともとマダイ養殖では天然の稚魚を採捕して育てていたましたが、現在では人口種苗の技術が確立。徹底した品質管理のもとに生産されています。泰さんの見た稚魚生産の現場では、親魚はタグをつけて管理され、成育に優れた品質の高い稚魚がどの親魚の受精卵からふ化したかがわかるなど、DNAの研究にまで至っているとのことでした。丸伸水産では特に技術に優れた複数社と契約し、良質の稚魚を安定した形で仕入れています

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 天然物のマダイには消費者にとって養殖モノにはない魅力があります。その一方で、安定供給ができ、味もよく脂ののった養殖マダイは、いまや日本にとってなくてはならない存在。価格が下がっているのは養殖業者にとって悩みの種ですが、それでも回転寿司などで高級魚であるマダイを気軽に口にすることができるようになったのは、養殖事業に関わる人たちの功労でもあります。国産の名だたる牛肉や豚肉のブランド品はすべて人が丹精に手塩をかけて生産されているのと同じように「つくり育てる漁業」が生み出す日本の魚介の地位は、養殖の黎明期に比べると確実に、はるかに向上しています。
 社長として養殖業の推進にひたむきな後継者の正樹さんの姿からは、仕事への、そして自分たちが作り育てる魚への自信と誇りが漲っています。


ヤマハボート


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