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企業スポーツの“温かみ”から生まれる「感動」もある。 【We are Sailing】

 9月14日18時、ヤマハ発動機本社のマリン事業本部がある磐田市(静岡県)の社屋で、ヤマハセーリングチームの選手とヤマハ発動機社員の交流会が行われました。長い欧州遠征から帰国し、宮城県名取市の閖上ゆりあげヨットハーバーで開催された全日本選手権大会に出場し、今シーズンのレース活動が一段落したチームを労おうと集まった社員で、会場の椅子は満席御礼となりました。会場には8月の世界選手権(オランダ)で3位に入った磯崎哲也/関友里恵が獲得した銅メダルや、そのとき着ていたユニフォームなどが展示され、祝賀ムードのなかでイベントは行われました。

 セーリングチームからは髙山大智/盛田冬華選手と鈴木國央コーチ、磯崎哲也/関友里恵選手と小泉颯作コーチ、さらにプロジェクトリーダーの藤井茂さんが参加しました。はじめにプロジェクトリーダーの藤井さんからこのプロジェクトの概要とその狙いについて簡単な説明があったあと、選手やコーチたちによるトークショーが行われました。モデレーターを務めたのはヨット専門誌などで活動するフリーランスの写真記者・松本和久、はい不肖ワタクシが務めました。

 本来であれば、選手たちから「ヨットレースの見方・楽しみ方」などをたくさん伝えてもらいたかったのですが、約1時間という限られた時間ではなかなか伝わらないこともあり、ここでは選手たちの素顔や魅力を知ってもらうことを優先しようと、ちょっと無茶ぶりの質問もしてみましたが、選手たちは当意即妙に反応し、アスリートならではの反射神経を見せつけてくれました。

 特に、参加予定のヤマハ発動機の社員さんたちから事前に集めていた「選手への質問」は、選手たちの素顔を浮き彫りにしてくれました。「日焼け対策を教えてください」といった質問には、女子クルーの関さんと盛田さんが答えましたが、それぞれのこだわりや取り組みにパーソナリティーがにじみ出て、参加者の笑いを誘っていました。

 今回なにより驚かされたのが、社員の皆さんの選手たちを応援する熱気です。最前列にはアイドルのコンサートかと見紛うような応援グッズを携えた「親衛隊」が陣取り、紙テープこそ投げられることはなかったものの、舞台上になだれ込んで失神する人が出るのではと、モデレーターとしては気が気ではありませんでした。すみません、少し誇張しています。

 これは何より、クルーの関選手がかつてヤマハ発動機のマリン事業本部に勤務し、会社の女子寮に住んでいたことが大きいようです。かつての職場の同僚や先輩、同じ釜の飯を食った寮の仲間たちが彼女の活躍を後押ししてくれているのです。現在、髙山選手がマリン事業本部の社員として横浜に勤務しているので、横浜が会場だったら、きっと髙山選手の応援団が駆けつけたことでしょう。

応援してくれる社員さんたちの姿を目の当たりにし、選手たちにとって大きな励みになったはずだ

 かつて日本の競技スポーツは、実業団と呼ばれる企業に所属する社員が選手として活動する「企業スポーツ」を主体として発展してきましたが、バブル崩壊以降は企業スポーツから撤退する企業が増え、プロ選手やプロチームに資金を供給するスポンサーという立場でスポーツをサポートしていくスタイルが増えてきました。

 セーリング競技も例外ではなく、かつてはヤマハ発動機以外にもトヨタ自動車東日本(旧関東自動車工業)、本田技研鈴鹿製作所、日立製作所、NTT、オムロン(旧立石電機)、島津製作所といった日本を代表する企業がヨット部として社員である選手の活動をサポートしていましたが、90年代半ばから徐々に減り始め、現在社員としての選手を支援する形の企業はヤマハ発動機とトヨタ自動車東日本、ベネッセコーポレーションだけとなってしまいました。

 このことは、どちらのスタイルがいいとか悪いといった優劣の問題ではなく、当然のことながら、それぞれのスタイルにいいところも悪いところもあるものです。ただ、興業として成り立たないセーリングのようなマイナー競技においては、かつての企業スポーツのスタイルの方が安定的に活動を支援できるというメリットはあるでしょう。その証拠に、今年の世界選手権で表彰台に上がった日本の2チームは、従来の企業スポーツに似たスタイルです。

全日本選手権の磯崎/関(写真上)と髙山/盛田 撮影:松本和久

 ヤマハ発動機のサッカー部はジュビロ磐田に、ラグビー部は静岡ブルーレヴズへと発展的成長を遂げました。サッカーは完全なプロチームですが、ラグビーについては、チームに所属する選手の多くはヤマハ発動機の社員として出向している形をとっており、従来の企業スポーツの形を部分的に踏襲しているようです。その背景には様々な理由や事情があるのでしょうが、社員がスポーツ選手として日本や世界のトップレベルで活躍することが、企業全体の士気を高める求心力となるというメリットがあると思います。加えてセーリング競技の場合、レース艇というプロダクトを自社製品として研究・開発するという、他の企業にはない目的とメリットがヤマハ発動機にはあるでしょう。

 これまた様々な意見・異見があるところですが、こうした社員が一つとなるスタイルは日本の企業風土に合っているという見方もあります。いずれにしろ今や絶滅危惧種となってしまった企業スポーツのスタイルを、ヤマハ発動機という企業がセーリングというマイナーな競技において堅持していることは、昨今持て囃されているダイバーシティの観点からも意義あることではないかと、第三者であるワタクシはそう思っています。

 交流会が行われた翌日、浜名湖のヤマハマリーナ浜名湖で選手たちによる模擬レースが行われ、「レース観戦実習」として参加した社員たちの前でヨットレースの実際を見てもらうことができました。2艇だけではヨットレースになりにくいということで、かつてヤマハセーリングチームに所属していた神木聖/疋田大晟の両名も参加して、3艇によるレースが実演されました。この2人も現在マリン事業本部に所属する立派なヤマハマンです。

 たった2日間のイベントではありましたが、企業スポーツの温かみのようなもの、同時に熱さもを感じられる時間でした。これを期に「オレたちもセーリングしてみるか」とセーリングを実際に楽しむ社員が増えでもしたら、さらに選手たちの励みになるかもしれません。

松本和久(まつもと・かずひさ)
ヨット専門誌「ヨッティング」編集部を経て、1995年にフリーランスの写真記者として独立。ヨットレースだけでなく、漁業や農業など一次産業の取材も得意とする。本欄「We are Sailing」のメインライター。学生時代は470級のクルー、ヘルムスマンの両ポジションで活躍。卒業後に国体(山梨)出場の経験も持つ。1963年生まれ。愛知県出身。

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