古き良き時代。事件は豪華客船で起こる。
直木賞に本屋大賞(2回)ほか、アレコレの有名文学賞を多数受賞している人気作家の恩田陸が、この5月、6月と連続して新刊を発表しました。まず、5月に発売されたのが『鈍色幻視行』というベトナム行きのクルーズ客船を舞台にしたミステリーです。”飯合梓”という、もう死んでしまった謎の多い作家がいて、その作品『夜果つるところ』は過去に何度も映画化が試みられたのですが、その度に事故により頓挫。クルーズ船には映画関係者などが乗り合い、主人公の女性作家が聞き取りを重ねて”呪い”に近づいていきます。
6月の発売はまさにその『夜果つるところ』です。架空の作家による作中作を、まるごと書いてしまったわけなんです。それで、カバーを裏返しにすると、作者名が恩田陸ではなくて飯合梓となっているお遊びも。
版元の集英社のPR映像は、横浜港でタグボートに押される商船三井の〈にっぽん丸〉から始まり、ラウンジに恩田氏が登場。アガサの古き良き時代の本格ミステリーへのオマージュとして豪華客船を舞台にしてみたかったと語っています。
そこで、今回のキャビンの棚では、この2作品を、…ではなくて、そちらは最新作ですから版元さんにお任せして、表題のアガサ・クリスティーを取り上げてみました。アガサの客船密室物といえば、この『ナイルに死す』でしょう。1937年の作品。探偵役はエルキュール・ポアロですが、今回の文脈で主人公と言えるのが、クルーズ船〈スーダン号〉です。全長約70メートル、全幅約10メートルで、スイート5室を含め客室数が23室の蒸気機関外輪船(現在はディーゼルに換装)。驚くべきは、建造が1895年ということ。1921年にクルーズ船に改装されたそうで、今も現役。このことはつまり、1933年にナイルを旅したアガサが実際に乗船した、まさにその船なのです。
さて、『ナイルに死す』は、恩田作品の設定とは異なり、これまでにも何度も無事に映像化されてきました。まず最初が1978年の映画で、ポアロ役はピーター・ユスチノフ。邦題は『ナイル殺人事件』です。2003年にはイギリスのTVシリーズのポアロ物の一作になり、昨2022年にまたケネス・ブラマー監督・主演でハリウッド映画でリメイクされました。もちろん、すべてに〈スーダン号〉は出演しています。
そのこともあってか、2021年夏にAFPが配信した記事によると、コロナ禍でも予約は順調で、とくにアガサが使った部屋は「2年待ち」なんだそう。同記事によると、8日間のツアーで費用はひとり4千ドルと、意外とリーズナブル?