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鮮度が命。水揚げに秒を争うキビナゴ漁 【ニッポンの魚獲り】

 室町時代にはポルトガルから鉄砲が伝来し国産火縄銃の製造が盛んになり、現代は種子島宇宙センターのロケット打ち上げ場となるなど、常に先端の科学技術と縁の深い種子島。そして、ここでは秋から冬にかけて、薩摩料理には欠かせないキビナゴ刺網さしあみ漁が盛んになります。

 種子島のキビナゴ漁は9月~2月末日までがシーズン。4月中頃から始まる産卵のため、春から夏にかけては休漁となります。
 網の目は19節とし、種子島の市場に出す場合は20箱、鹿児島市の市場に出す場合は30箱までと水揚げ量にも自主規制をかけています。

 「もう親父の代からの決まりみたいです」と語るのは、成人してから一途に漁に出てきた荒河孝幸さん。「たくさん獲れたときは鹿児島まで走って水揚げします。箱当たりの浜値が鹿児島の方が高く、燃料代を差し引いても十分見合います」

鹿児島の名物「キビナゴ」は刺し網漁で捕獲される

 出航は午前3時。集魚灯を使うため夜明けまでが勝負です。
 「月の満ち欠けで魚の群れの状態が変わる。満月だとしっかりした群れになるし、新月だと群れがボヤける感じ」
 この群れの形に応じて網を入れるタイミングが変わるのだと荒河さんは言います。

 長さ約50m×高さ約10mの網を、緩い弧を描くように投入すると、魚の群れを誘いながら2~3回、網の上を通過するように船を旋回させます。シューピース(舵板を保護する金具)が付いているとはいえ、スクリューに網が巻き付かないか心配になる作業です。
 「網の張り方が悪いと巻き付くこともあるみたいだね。私は絡めたことはないけど」

船足の速さも自慢のヤマハ発動機の漁船

 中学の頃から父親とともに海に出ていた荒河さんですが、高校卒業後は東京に出ていました。 
 「漁師を継ぐつもりはなかったんです。『新艇を買ったんで帰ってこい』と言われて戻ったのに、1年後に親父が急死してしまって」というように、浜一番の水揚げを誇った父親の技術を受け継ぐ間もありませんでした。そして「船の取り回しに自信がつくまでは場所取りで積極的になることもままならず、10年くらいは苦しみました」と荒川さんは言います。
 そんな荒川さんをサポートしたのが、自衛隊勤務を辞めて島に戻ってきた7歳下の弟・章憲さん(36歳)と、父親が遺してくれた船でした。

「鹿児島の市場は、鮮度が良いほど高値が付く。少しでも早く水揚げした方が良いんです。鹿児島まではスピードを上げて走ります。ヤマハの漁船は波の悪い大隅海峡も安心して走れます」

水揚げの速さによって値段が変わるキビナゴ

 撮影のために同乗したこの日は仲間の船のキビナゴもいっしょに運び、8時15分頃に市場に水揚げしましたが、同じ鹿児島県内のこしき島から陸送されたキビナゴが、15分ほど早かっただけで、荒川さんのものよりかなり高い浜値がついていました。

 「誇張ではなく1分を争う勝負なんです。まあフェアな競争だから張り合いにもなりますけどね」と笑う荒川さんの表情は、ベストを尽くして戦った後のアスリートのような充実感が溢れていたのが印象的でした。

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