アドリア海の真珠〜再興した美しい港町 【Column- 潮気、のようなもの】
あるオールドソルトにお話しを聞く機会があった。国際的なカリキュラムに沿ったヨットスクールを日本に導入して、自らインストラクターを担い、長年にわたって数多くのクルージングセーラーを育ててきた、知る人ぞ知るお方である。その話の中で、「世界の海で最も好きなクルージングスポットはどこか」との問いに、オールドソルトは「カナダのバンクーバー周辺、タヒチ」、そして少し考えてから「それとクロアチアかなあ」と3つの海を上げていた。
ヨットで、と言うわけでは無かったけど、私もそれらの海をパワーボートで走り回ったことがあって、同じような感想を抱いていたので異存はない。というか、尊敬すべきセーラーと意見があったことが嬉しかった。自慢してもよさそうだ。
クロアチアのドブロヴニクを訪れたのは15年ほど前のことだ。スロベニアから飛行機で移動してのことだった。そして海で遊んだ。季節は夏の終わりだった。アドリア海を望む、その港町は、そんな晩夏の強い陽射しを浴びながらも、優しく、美しく光り輝いていた。
バルカン半島の西岸は、多くの小島が浮かぶ、紺碧の鮮やかな色を放つ海が広がる、素敵なクルージングエリアとなっている。ドブロヴニクはスロベニアからクロアチアへと南下するコースを引いたとき、その終着港となる。13世紀以降に地中海交易の拠点として繁栄をし、「アドリア海の真珠」と形容される、美しい港町に育ったのである。
この美しい港町は、20世紀後半の紛争で、市街地が破壊された過去を持つ。破壊された後、ドブロヴニクの人々は中世の建築様式を研究し、古文書を頼りに町が造り上げられた時に使われたのと同じ石材を方々から集め、すべてを元通りに修復したのだという。
メインストリートの石畳は、まるで中世から現代に至るまで、人々が歩き続けて磨かれたようで、まるで水に濡れたように光っている。まるで魚の骨のようにメインストリートから左右に延びるいくつもの路地があって、その路地に沿って遠慮がちにテーブルを出す小さなレストランがある。通りから少し離れたところに見える石造りの家々の窓。そこで風にゆれる洗濯物さえ絵になる町。
ある年のクロアチアのボートショーで、2017年までに15000隻分のバースをクロアチアの海岸に設置する計画を政府が発表していた。この国の美しい海や町を求めてやってくる欧州のセーラーやボーター対策だったのであろうが、その後、どうなっただろうか。
世界遺産に登録されている港町だが、それ故に観光客が多い。そしてクルージングファンからも人気がある。そうした中でもこの独特の優しい風景がいつまでも残されることを願ってしまう。
そういえば、冒頭のオールドソルトがクロアチアが好きな理由の一つに「飯の美味さ」を上げていた。氏によれば、食事は素敵なクルージングを成立させる上で、もっとも大切な要素であるという。ただ、「毎日同じ味だと飽きてしまうんだが」とも言っていた。
もちろん、それにも異論を唱える気はない。ただ、私の場合、ドブロヴニクに滞在中は、毎晩、同じレストランに通い、同じテーブルで、同じ音楽を聴きながら、同じような味付けの料理を食べ続けていたことを思い出した。美味かったから。
それも、海の旅における、ひとつの流儀なのである。