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房総半島の海洋ロマン。黒潮に挑む漁師を描く「海」 【キャビンの棚】

 いくつになっても、見知らぬものにふれた海の時間は刺激的なものです。はじめて見つけた海の生き物、そして絶海の孤島や海底に眠る沈没船などは少年時代に憶えたあのワクワク感を呼び起こしてくれます。ネットで色々と知れてしまう現代でも、なぜか海はロマンを感じさせるもの。大人になったいま、そんな気持ちになれる機会はめっきり少なくなったのではないでしょうか。

 そこで今回オススメしたい本が、近藤啓太郎の「海」(旺文社/1977年)。本作は、もともと漁師の手伝いをしながら小説をかきはじめた作家による、海洋ロマンです。ちなみに近藤啓太郎といえば、芥川賞を受賞した短編「海人舟」もありますが、純粋な海洋小説といえば本作「海」でしょう。

「海」
著者:近藤 啓太郎
発行:旺文社
参考価格:¥260(古書/税別)

 物語は、戦後から間もなく、売れない絵描きである「私」が母と2人で鴨川の漁師部落に都落ちするところからはじまります。黒潮がもたらす豊饒な海で、昔ながらのやり方をつづける漁村に住む荒々しくも心優しい人々。よそ者であるはずの「私」たちを温かく迎えた彼らに心を開いていきます。

 そんなある日、ひょんなことから「私」は烏賊漁に同行することに。そこで海から湧き上がるイカの大群に遭遇し、いきいきとした海の生命力を体感。あの刺激的な時間を忘れられない「私」は、半人前の漁師として、また海に出ることを決意するのですが — 。

 本作は、黒潮に挑み続ける人々の暮らしやダイナミックに海と対峙する漁の様子を色彩豊かに描き出した、出色の海洋ロマンです。刺激的な海の魅力を、あらためて教えてくれるはず。なかなか海にいけない人にも読書を通じて海のロマンを感じてもらいたいです。

文:上野就史(うえの なりふみ)
渋谷の小さなミュージックバーの元店長。30歳直前に渡欧し、カナリア諸島テネリフェ島に滞在。帰国後の編集プロダクション勤務で海をますます好きになった。現在はフリーランスのライター。1984年生まれ、福岡県出身。


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