あの時、聴いてみたら、どんな気持ちになっただろう。 【キャビンの棚】
サーフ・ミュージックは、今でも海辺のドライブやビーチで欠かせない音楽ジャンル。とはいえ、そのジャンルを代表するミュージシャンや曲のイメージは、世代によってまったく異なるかもしれません。1960年代に南カリフォルニアの若者たちのライフスタイルに嵌まったビーチボーイズを代表とするサーフミュージックは、エレキを前面に出した軽快なロックが主流で、幅広い世代に聴かれてきました。その流れの中で後世に生まれた、対照的とも言えるアコースティックでオーガニックな雰囲気を前面に出したサーフミュージックもまた、幅広く受け入れられています。
ジャック・ジョンソンは、それまで当たり前だったロックとサーフィンという組み合わせとは違うサーフ・カルチャーを築き上げたミュージシャンの一人だと言われています。1975年、ハワイ・オワフ島生まれ。幼くして父親が持っていたサーフボードに興味を持ち、高校生の時には世界最高峰のサーフィン大会にも出場するほどの実力を身につけ、プロ契約も結ぶほど成功を収めました。17歳のとき、サーフィンの最中に大怪我を負い、海に入ることができなかった期間に、以前から趣味としていたギターにのめり込むようになり、ミュージシャンとしての才能を開花させたのだといいます。
「波を待っている間はゆったりとしたメロディーが頭の中を流れる」と自身が語るように、海を愛する彼が奏でる曲は、まったりとしたアコースティック調。思わず口笛を奏でたくなるようなメロディーに詩が調和していることが特徴です。曲を構成する楽器、音そのものが必要最低限にそぎ落とされています。その穏やかな曲が海にいても街にいても、とても心地よいのです。
2010年5月にリリースされた5作目のアルバム「TO THE SEA」。翌年の3月、このアルバムをひっさげてジャック・ジョンソンは来日ツアーを行うのですが、名古屋と大阪公演以外は、大地震の発生により中止になりました。
確かにその時の日本は、音楽どころではなかった。ましてや「To the Sea」なんてもってのほか、という空気が覆っていました。
でも、被災した人々の多くは力強く海辺に立ち、歩みを止めませんでした。ジャックジョンソンの公演は中止されましたが、いま、聴く「To the Sea」は、海から遠ざかった人々の足を再び海へと向かせる曲のように感じます。