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2浪目、ラスト1か月の過ごし方【#エンジンがかかった瞬間 - Vol.3】

ヤマハ発動機社員による「#エンジンがかかった瞬間」投稿企画。
noteコンテスト企画のテーマに合わせて、ヤマハ発動機社員がそれぞれの心のエンジンについて綴ります。

第3回目は、ブランディング業務に携わる、ベテラン社員HJさんです。

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 今でも2浪が決まった時の絶望感が心の中に残っている。
 JR目白駅近くにある名門大学の構内にある掲示板の前に身動きできずに突っ立っていた。
 文学部も落ち、法学部も落ち、最後の砦、経済学部の合格発表を見に行くことを、人がいない夕方にしたのは、恐らくダメだろうと自分でもわかっていたからだろう。

 やはり私の番号は記載されていなかった。
「今年もどこの大学にも入れなかったのか…」
 社会との繋がりを今年も持てなかったという事実は、世界は目の前にあるのに、まるで自分だけが人々の視線から消されてしまったような疎外感を感じさせてくれた。

 その足で池袋の繁華街へトボトボと歩いて行ったのは自分でもよくわからない。気が付けば、古い映画を2本立てや3本立てで見せてくれる名画座の前に立っていた。そして映画館に隣接された、その映画館が経営する喫茶店に飛び込んだ。

「いらっしゃいませ!」と、元気な若い女性の声にひるんでしまいそうになる。
「あの、アルバイト募集の張り紙を見まして…」

 どこかに自分の行先が欲しかったのかもしれない。通ってよい場所。大学の門は開かなかったから、アルバイトの門にすがったのだ。

 すぐに黒髪がふさふさした細見の店長が出てきて、カウンター席で話す。
「明日から来れる?」
「はい」
「よし、専務に会ってもらって決めよう」
 喫茶店を出て、映画館の2階に連れていかれる。こんなところにオフィスがあったとは客で来ていた時には気づかなかった。店長が専務室をノックして、中に入る。グレーヘアーで恰幅の良い専務がまるで映画のワンシーンのようにどっしりと机に構えていた。

「君は今、学生か?」
「いえ、2浪が決まりました」
「大学に落ちたから、アルバイトすることにした、ってことか。そんな奴が続くわけがない」
 ところが店長が、
「いや、勉強もしながら、ウチで週3くらい働きたいと言ってくれました。ちょうど大学を卒業する連中もいるし、お芝居が決まって昼に働けるメンバーも手薄なので、どうでしょうか?」と助け舟を出してくれた。

 私は予備校通いから一転、2浪の春は白いコックコートと前掛け姿で池袋の街を歩いていた。朝からカレールーを仕込み、ランチタイムはスパゲッティとオムライスを作り、夕方に遅番メンバーと交代すれば、従業員特典として無料で見ることができる映画館の中に入り浸った。(その中で最も印象深い作品はマルセル・カルネ監督の『天井桟敷の人々』)

映画館

 そして迎えた正月。この日は映画館の前で社長家族を囲んで記念撮影が行われた。毎年恒例とのことで、映写室のベテランさんや、館内売店のスタッフと共に写真に収まった。

 新年最初の仕事を終えて、家に帰ると、母が「最後だと思って、もう一回、受験してみない?受験費用は出すから」と唐突に言ってきた。

 自信は全くないが、母にそう言ってもらえたので、これでダメだったら、喫茶店に就職させてもらおうと、3度目の大学受験になんとなく向き合うことにした。

 新年2日目、ランチタイムの客をさばいた後、映画館の2階に向かった。あの時のように専務室をノックする。
「あの~、来月なんですが、大学受験をするので、2月は1か月間休ませてください」
「はぁ?お前、何言ってんだ?うちの娘も受験生だが、朝から働いて夜は映画三昧のお前と同じ受験生?そんな馬鹿な話があるか」

 この一言が私の心にエンジンをかけてくれた。闘志というのか、怒りというのか、ブルブルと胃の底あたりから震えが起こり、「最後の悪あがきだ!」と覚悟が決まった。

 仕事を終えると、池袋の大型書店「リブロ」に向かい、志望校の過去問題集、通称「赤本」を買い込んだ。そしてコンビニに入り、赤本を1ページずつ、コピーを取る。1時間近くかかっただろうか?すべての問題のコピーをとると、今度は家に戻って、それをA3の用紙にペタペタと貼って本物の試験問題のような「自家製テスト」に仕立て上げる。これは全て予備校時代に教わった方法だ。

 翌朝から、朝3時に起き、30分後から60分の試験問題を20分で試験終了とし、1時間で英語、現代文、世界史の3つの試験問題に向かう。次の1時間は答え合わせ。間違ったところだけを直す、覚える。正解していたところは時間がないので、見直しをしない。

 そうこうしている間に外が明るくなってくる。朝飯を食べて、通勤電車に乗って、池袋駅に降り立ち、朝番のシフトに向かう。コックコートに着替えて、店のシャッターを開ける。そして9時の開店までにコーヒーを落とす。5時に遅番と交代し、9時には就寝。

 この生活リズムで1月を過ごした。店長から「当分、仕事のことは忘れていいぞ。悔いのないように」と温かい言葉をもらい、2月から私大を6校受験した。

 早朝に起きる習慣がついていたこと、早く問題を解く癖がついていたため、見直しする時間が生まれる余裕があったこと、過去問を解いておいたおかげで、飛ばしてよい問題と確実に点を取る問題の見分けがついていたことが功を奏し、6校中5校に合格した。

 最も行きたいと思っていた大学は大阪に。入学や引っ越しの準備のため、3月の上旬に喫茶店のアルバイトをやめることになった。店長も厨房の仲間たちも快く私を送り出してくれた。今でも当時の店長とは年賀状で繋がっている。

 時代は流れ、その名画座は閉館し、その喫茶店も一緒に無くなった。専務の名前はすっかり忘れてしまったが、私を奮い立たせてくれた言葉は今でも鮮明だ。そして専務が、厨房に入る初日に言ってくれた言葉を最後に紹介し、感謝の意としたい。

「君だってコーヒーを淹れたり、スパゲッティくらい作ったことがあるだろう。だが、君が今日からお客様に出すのはコーヒーでもスパゲッティでもない。君のサービスを出すんだ。お客様はそれに金を払うんだ

厨房


★エンジンが掛かるかもしれない受験勉強方法★
・志望校の赤本を買って問題をコピー。それをA3用紙に張って「自家製テスト」を作成
・試験時間が60分だったら20分で解く
・20分で全問にたどり着けるようになるまで続ける

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ヤマハ発動機では、note社とコラボして、#エンジンがかかった瞬間 の投稿コンテストを実施中です。ぜひ、あなたの「心のエンジン」を教えてください。

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